宰相府藩国 水の巨塔

整備員たちの挽歌

「くぁ〜……終わったぁ……お、リュウお疲れー」
「おー、今日もお疲れ、カズマ」

 水の塔の整備員が仕事を終えて通路を歩いてゆく。
 宰相府のシンボルでもある水の塔を保守する重要な役職なのだ。
 仕事中の疲労は実際行うそれよりも重い。
 そんなこともあってか、2人は行き止まりに突き当たってしまった。
 歩いて行く方向を間違えてしまったのだ。

「おっと、なんだ、間違えちまった」
「こっちにはエレベーター無いんだよなぁ」

 水の塔にはしばしば機密のためにこのように通路が途絶えているところがある。
 エレベーターは止まらない。通路もない。パイプの整備は上の階層か下の階層からパイプを伝って行う。
 そんな秘密の匂いがプンプンするブロックだ。
 が、機密だろうがなんだろうが働いてる方にすれば歩きづらくて仕方ない。
 いいからそこに通ってるはずのエレベーター使わせろやクルァ!と壁を蹴っ飛ばすこともよくある。
 この日だって当然のようにぼやきも出てくる。

「全く、こんな上のほうの区画なんか狭いだろうに、なんで機密なんか置いてるんだろうな」
「さぁな。お偉いさんの考えてることは分からんさ」
「案外……ロボットなんかしまってあったりして!」
「お前それはねーよ(笑)」
「ですよねー(笑)」

 あっはっはと笑う二人。
 笑う二人。
  笑う二人。
あ、カズマが襲いかかった。

「死ねコノヤロー!」
「脈略ねぇな!」
「うるさい!ロボオタクのロマンを馬鹿にしやがった罰だ!死ね、今死ねすぐ死ね」
「止めろバカ、おい、ハンマーはやめてくださーい!」

 ぎゃーぎゃーと暴れる二人。
 そこに騒ぎを聞きつけた仲間たちがやってきて更なるカオスへと進行してゆく。

 カオスに揺れる廊下を、突き当たりの壁は静かに見つめていた。
 さらにその向こう側、明かりもなくただ水が流れてゆく音だけが響くブロックがあった。
 いや、水が流れる音にしては大きすぎる。
 沸騰だ。水が沸騰しているのだ。
 泡が巨大な人型をかたどって水面へと登ってゆく。
 そう、人型だ。
 それはさながら、ロボットと呼ぶべきものであった。


 翌日。

「ったく、残業はつれーなぁ」
「誰のせいだと思ってんだ」
「お前」
「明らかにてめーだ!」

 前日の喧嘩の罰として二人は居残って整備をさせられていた。
 これが終わればこの日のレポート作成も待っている。
 その疲労から軽く鬱になるのも仕方ないと言えば仕方ない。

「だってよー、お前がロボを馬鹿にするからじゃねぇかって言うかまた殴りたい今殴りたい」
「ふざけてろバーカ。俺は馬鹿になんかしてねぇよ。ここにあるのが不自然だっつってんだよ」
「それが馬鹿にしとるんじゃー!」
「ああもう、鬱陶しい!カズマ!てめー黙っとけ!」
「なにおぅ!」

 また喧嘩(ノールッルマッチ、時間無制限一本勝負、今回は乱入者なし)に発展しようとしていた。

 その時である。

 コッ コッ コッ 

 廊下から、足音が響いた。

 得物を振りかざそうとしていた二人が止まった。
 顔を見合わせる。同時に時計を見る。まだ交代の時間にはなっていない。
 様子を見にきていた上司というのなら分かる。
 しかし、上司なら声をかける。というかこんな場面なら問答無用でスパナが飛んでくる。
 それがない。ということは、一体だれが?
 同じ疑問が二人の中に浮かんだ。
 もう一度顔を見合わせる。停戦締結の瞬間であった。

 護身用に得物を持ったまま二人は廊下に出た。
 誰もいない、いや、足音はまだ響いている。
 反響していて分かりづらいが、行き止まりの方へと進んでいるようだ。
 二人はゆっくりとそれを追う。行き止まりなのは知っている。このまま追い詰めればよい。
 ゆっくりとゆっくりと、逃がさないように行き止まりへと近づいて行く。
 なだらかなカーブの先に、ようやくそれは見えた。
 二人の足が止まった。

 そこにいたのは、少女だった。

「お、女の子?」

 間の抜けた声を出すカズマ。リュウも声には出さないが呆れている……
 というより、まだ現実と認識できてないみたいだ。

「おい、カズマ、俺の頬をつねれ」

 夢かどうかの確認か。カズマはそれに拳骨で答えた。
 あ、リュウもやり返した。
 お互いにコブができた頭をさすりつつ、これが夢で無いと確認した。
 少女はそんな二人には目もくれず、壁に触って何やらぶつぶつ呟いている。
 さすがにそのまま放っておくわけにもいかない。
 先殴ったんだからおまえいけとリュウに促されて、カズマがいやいや声をかける。

「あのー、お嬢ちゃん。君一体どこから入ったんだい?間違って入ったなら出口まで送るよ」
「…………あなた達ね」
「は?」

 思わず間抜けな声が出た。こんな返答はさすがに予期していなかった。
 えーと、何が?と聞こうとするカズマを無視して少女が続ける。

「あの子達が目を覚ましてしまった…………」
「あ、あのー」
「じきにここも気づかれてしまう…………」
「ねぇ、ちょっと」
「早く、あの子達を鎮めないと…………」
「おーい」

 ガン無視である。
 俺もうヤだよと半泣きになるカズマ。
 今まで女の子に無視されたことは何度もあるが、ここまで悲しいのは初めてだった。
 助けを求めて後ろを振り向く。
 リュウが俺は助けねえぞと親指をぐっと立てていた。
 カズマはふざけんな助けろこの(以下自主規制)と中指を立てる。
 頑張って(はぁと)と立てた親指でそのまま首を切るリュウ。
 あれ、何か熱いものが目から溢れるぞ?とカズマはうなだれた。
 四面楚歌ってこういうことを言うのねー。あ、2人しかいないから二面楚歌か。
 うまいことを考えてる暇も無い。もう一度アタックせねば。

「あー、あの、君。俺の話を聞いてくれないかな?」
「………来た」

 今度はめげずに何が?と聞き返そうとした。
 が、それは言葉にならなかった。

 轟音。

 続いて大きな揺れが襲ってきた。
 カズマもリュウも堪えきれずに倒れた。
 攻撃?敵?それとも事故?
 色んな考えが巡っては、自分の生命を優先した考えによって上書きされてゆく。
 最も簡潔に到達した結論は、『逃げる』だった。

「逃げるぞ!カズマ!」
「あ、ああ!」

 ここにいては何があっても逃げられない。
 何が何でもエレベーターまでは行かなくては。
 そしてその考えが無意味だったことをすぐに知った。

「な……道が……」

 少しも走らないうちに道が塞がっていた。
 ここに直撃を受けたのだろう。先ほどの衝撃の大きさも納得できた。

「これじゃあ……俺たち逃げられないじゃないか!」
「どうするよリュウ!」
「どうするったって……」
「することは一つだけよ」

 口論になりかけた二人を少女が止めた。
 二人が自分を見たことを確認して、少女が続ける。

「貴方達は戦わなくてはならない。あの子達に乗って。それが定め」
「あ、あの子達って、なんだよ!」

 他にも聞き出したいことはあった。
 だが、今はそれを聞くことが重要に思えた。
 そしてそれは正しかった。
 少女は何も言わず、ついて来いといわんばかりに先ほどの壁に向かった。
 先ほどと同じように壁に触れると、また何事か呟き出した。
 ただ異なるのは、言葉を紡ぐたびに壁に青い光が走ったことだろう。
 不思議に思う二人を余所に、その光は数を増してゆく。

 そして、再び轟音が響いた。
 今度は目の前から。

 また吹き飛ばされて、またかよと毒づきながら立ち上がる。
 衝撃とうっすらと見える感じから、外殻がパージされたようだ。
 何をしたと少女を問い詰めようとして二人は内部を見た。
 その瞬間、全ての感情が吹っ飛んだ。

 水か炎を思わせる流麗かつ美しい直線によるデザイン。
 トリコロールを基調とした鮮やかな、それでいて派手に見えないカラーリング。
 帝國の紋章が刻まれた盾と、槍を思わせる長大なライフル。
 大型の、騎士と見間違うI=Dが2機、そこにはあった。

「こ、これは……」
「この子達は、すごい力を持っている。でもそれは、人が乗ってこそ出せるもの」

 パージされた部分に現れた通路に少女が立っていた。

「人を求めた瞬間からこの子達は抑えられなくなる。人が乗らない限り。
 だから、奴らに気づかれてしまった……」

 少女が初めて感情を見せた。
 それは悔しさ。自分へのか敵へのかは分からないが、この少女は確かに悔やんでいた。
 それは、これから運命を強要するからかもしれなかった。

「さぁ、早く乗って。この子達を奴らに渡しては駄目」
「乗ってって……そんなこと言われても」
「乗った!」

 渋るリュウを押しのけて、カズマが前に出る。
 彼の心はこれを求めていたのだ。
 自分の考えは間違っていなかった。それどころか、それに自分が乗れるなんて!
 夢のような展開だ。こんなに素晴らしいことを誰が拒否しようか。

「リュウ、お前も乗れ!むしろ乗れすぐ乗れさぁ乗れ」
「む、無茶言うな!」
「乗らないと、奴らに捕まって生体脳だけにさせられるかも……」

 少女の不吉な一言にリュウの動きが止まった。
 悩んで悩んで悩んだ挙句出した答えが

「………あー!分かったよ、乗るよ!」
「それでこそ相棒!」
「誰が相棒か!」

 ど突き合いながら用意されたタラップを駆け上る。
 リュウは未だ渋々と、カズマは嬉々としてコックピットに滑り込んだ。

「さぁ、やってやるぜ!」

 気合と共にコックピットを閉鎖。
 一瞬の暗闇ののち、光が溢れて―――――




「おーいカズマ、起きやがれこのスカポンタン」
「はっ!」

 リュウの声にカズマは目を開けた。
 そこにはコックピットは映っていなかった。
 見えるのは見慣れた天井。ああ、ここは自分の部屋だ。
 それを認識するとカズマは跳び起きた。そしてリュウにつかみ掛かる。

「あの子は?敵は?ロボは?俺専用機はどうなった?」
「…………おい、何そのギャグ?」
「ギャグって…………、お前も居たジャン!ケンカした次の日に女の子に会ってさぁ、水の巨塔に封印されていたロボに乗って」
「…………頭おかしいのか?それともなんか変なモン食ったか?」

 段々と可哀想な人を見る目になるリュウ。
 まだ目が覚め切って居ないカズマの様子を見て、大きくため息をついた。
 いいかー?と諭すように声をかける。

「あのな、夢だよそれ。ゆーめ。喧嘩なんてしてないしロボなんてもっての外」
「だ、だって殴り合って現実だって確認したんだぜ?」
「アホ。夢の中で何したって起きるかバーカ」
「………………あ」

 途端にカズマの体から力が抜けた。
 あんなに盛り上がったマイドリームが、文字通り夢?
 俺専用機もちょっと不思議な感じがする少女とのラブロマンスも相棒と反目しながらお互いを高め合うという熱い展開も、全部、夢……。
 魂が抜けまくって真っ白になっているカズマ。
 さすがに可哀想になったのか、リュウは頭をかきながら慰めようとした。

「まぁ、なんというかだな……気ぃ落とすなよ」
「…………おう」
「そのうち頑張れば実現できるから、な?」
「…………おう」
「さぁ、今日も頑張ろうぜ!」
「……おう!」

 落ち込んでいても仕方ない。自分たちが作業しないと、多くの人が困ってしまうかもしれない。
 夢は夢、現実は現実。割り切って仕事に戻らねば。
 いい夢見さしてくれてアリガトよ、俺の脳味噌。
 カズマは軽く笑うと、リュウと共に歩きだした。


「あ、残業はあるからな」
「そこは現実なのかよ!」