水の塔が水を流し続けるのには、理由がある。
一つに、富の象徴としてその能力を常に見せ付けるため。
一つに、宰相府の水を循環させるため。
そして、誰にも知られないもう一つ。
それは、魂送りの道となるため。
水の巨塔がそびえる湖畔に、小高い丘がある。
普段は人が寄り付かないそこに、青が登っていた。
宰相が、天翼騎士団が、青にかしずくACEたちが続く。
誰も口を開くことなく、ただ水が落ちる音だけが響いていた。
青が立ち止まる。後に続く者たちもそれに従った。
その眼前にはこんこんと水を流し続ける水の巨塔。
決して絶えることのない水が、汲み上げられては落ちてゆく。
青が剣鈴を地面に刺した。
後に続く物たちが整列し、跪いて頭を下げる。
ここから先はみだりに見ることは出来ない。例え宰相であっても。
青は宙を見た。
そこには人の形をした光が漂っていた。たくさんの死んだ者の魂だ。
地上に未練が無いものは、その拠り所として青を選んだのだ。
その何もかもを導く強さに惹かれて、どこかに導いてくれることを信じて。
これを天へと送り届けるのが、今代のシオネアラダとしての役目。
青は祈り、静かに目を閉じた。
歌を、歌い出した。朗々と、しかし美しい声で。
魂が歌に惹かれて動き始めた。
常人には見えぬ光がその色を変えた。
薄く、白に見えるほどの青から、鮮やかな青へ。
道を引く者、即ち導く者。
青は目を開いた。導くべきものを見据えるために。
青は道を引く。
歌という道を。
繋がりの無い魂は現世に留まることは出来ない。
繋がりの無い魂を現世に縛ることは愚弄である。
だから、送るのだ。
天へと、あるべきところへと。
安らかに眠れる場所へと。
青は道を引く。
水の巨塔へと。
天から落ちる水は天への道でもある。
水が絶えず落ちるのは、魂の通るべき道を絶やさぬためだ。
青が剣鈴を抜いた。
しゃらんと刀身が鳴り、切っ先は塔へと向けられた。
道は繋がった。
魂は道を見つけた。
青の周りに漂っていた燐光が、剣に導かれて塔へと進む。
引かれた道は確かなものだった。
燐光が塔を流れる水に沿って、上へ上へと登ってゆく。
青が天を指した。
歌声が一層高く響き渡る。
天はそれに応えた。
雲が真円を描くように割れた。
ワールドタイムゲートだ。
道は繋がった。
目指すべき場所へ。
流れ落ちる水に寄り添うように燐光が昇る。
終着は天に開いた真円。
道は繋がっている。
魂は昇るだけ。
真円の中に燐光が吸い込まれてゆく。
これで、死はあるべきところへと往く。
青は歌を歌う。
それは葬送歌。
魂を送り出し、安らかなる眠りを与える歌。
死者をあるべきところへ導く歌。
青は歌う。
魂は往く。
青は道を引く。
魂は道を往く。
青は導く。
魂は従う。
そして魂は、天へと消えた。
「終わりましたかな?」
歌が止んだのを合図に、ACE達が顔を上げた。
宰相が杖をついて立ち上がった。
剣鈴を収めながら青が笑う。
「うん。今回は問題なかったみたい」
「それは何より」
宰相が朗らかに笑った。
青の歌は常人には刺激が強すぎるのだ。
いや、魂を導く力が強すぎる、と行ったほうが正しい。
水の塔の周囲、もしくは青の歌が聞こえる範囲にいたら生きている人間でも天に導かれかねない。
そのため厳重に人払いをし、安全を確保してから行わなくてはならない。
一度誰かが巻き込まれて、大変なことにもなったのだ。
まぁ、無事だったから今は笑い話に出来るようなものである。
青に付き従うのが全てACEであるのもこのことがあったためだ。
「何にせよ、彼らを送り届けることが出来たことを喜びましょう」
「そうだね」
2人とも顔には笑みを浮かべていた。
考えていることは全く異なっていたが。
宰相が考えるのは娘達のことである。
今回もかなり死んだ。娘だけではなく、彼女達が思いを寄せる者たちも。
正直後者はどうでも良いが、娘達が悲しむのは見たくない。
全くなくすことはできなくとも、限りなく0にしたい。
ふむ、老いた割にはまだ理想なんぞを掲げる余裕があるのだなと、宰相は笑った。
青は彼の恋人のことを考えていた。
彼女はこんなときなんて言うんだろうか。
やっぱり、必要な犠牲だったと言いながら、それほどの死者を出したことを悔やむのだろうか。
そしてそれを補うためにまた努力するのだろう。
そして自分にもそれをさせるのだろう。
ありありと想像できて、青は思わず笑った。
2人とも考えていることは異なったが、結論は同じであった。
『結局いつも同じことを考えている。』
これに尽きるのであった。
お互いに先ほどと僅かに違う笑みを浮かべていることに気付くと、また笑った。
「次は、もっと減らせるといいね」
「そうですな」
風が吹いた。
青は天を一度だけ仰ぎ見て、歩き出した。
宰相以下もそれに続く。
そして、誰もいなくなった。
今は空に穴など開いていない。
水の巨塔は燐光に覆われてなどいない。
ただ道となった水が、何事もなかったかのように落ちるだけであった。