宰相府藩国 水の巨塔

作業員物語

第三章 水の宴

「さて、ここだ」
 教官が案内した建物の中には仕切りも何もなく、ただ机が一つあるだけで、他には何もなかった。
「なんだよ、こんなとこで何するんだ?」
 コウはそう言うと、入り口でたたずむ教官を無視し、部屋の中へと足を踏み入れた。

カンカンカン!

 足を踏み入れたと同時にどこからともなくカンカンと音が鳴り始めた。
「ふ、勇者たる者、危険には十分気をつけるべし……だ」
 教官はそう言うと懐からリモコンを取り出しボタンを押した。すると、唐突に音は鳴り止む。
「び、ビックリしたじゃねぇか」
「……本当にこんな職場に父さんがいたのかなぁ」
 それぞれの反応を示す二人を気にせずに教官は話を続ける。
「作業員といえども、いつ、どんな危機があるかわからない。二人とも、充分気をつけるように」
 教官はそう言うと、机の前まで歩き、机に置いてあるプレートを手に取った。
「あー、あとだ。二人ともここからはよく話を聞くように」
 教官のサングラスがキラリと光る。疑わしげに教官を見るコウ、唾を飲み込むレン。
「……ここからって今までは何だったんですか?」
 コウの質問を無視するかのように教官は手に持ったプレートを掲げた。 「ふむ。これは水の塔の素材の一つ、ウンディーネと呼ばれるものだ」
「ウンディーネ?」
「なんなんですか、その素材ってのは? 聞いたことないですよ」
 聞き返すレンとコウ。
「うむ。水の塔だけに水の精霊の加護があるようにと付けられた名前がウンディーネなのだ。ウンディーネという名前ではあるが、作業中はディーネちゃんとかそういう愛称で呼ばれていてな、皆から結構人気なんだぞ」
 ますます疑うような目つきになるコウ。
「はぁ、そうですか……んで話の続きってのは?」
 素材に愛称も何もいらないだろ。とも思ったがコウは話を進めるために相槌をうった。教官は今までよりも低い声で話し始めた。
「うむ、よい質問だ。水の塔ではこれだけでなく、色々特殊な素材を使っている。もし持ち帰ったり盗んだりしようとしたら、家族が行方不明になったり、気がついたら記憶喪失になるかもしれないから気をつけろよ?」
「は? な、なんだよ、いきなり」
 教官の視線はサングラスのせいで見えない。そのため、感情を読み取る事は難しい。
「とくにこのウンディーネなどの素材は作業員も詳しく知らないモノでな。こういったのは上の人が用意したものらしいが……あまり深くかかわるなよ? 我々の仕事について見た事、知った事は一切他人に話さないように。いわゆる守秘義務だな。……秘密をしゃべるとどうなってもしらんからな」
 教官はそこまでを口にすると、ニッと口を歪めた。
「まぁ、仕事内容としてはポンプの調整管理とか、システムチェックなどがメインだ。整備みたいな仕事は、お前ら新人の仕事には回ってこんよ」
 コウとレンは互いに顔を見合わせた。
「……おい、もしかしてヤバイとこじゃないだろうな?」
「大丈夫だとは思うけど……タブン」
 二人の顔を見て教官は安心させるように笑った。
「まぁ、大丈夫だ、変な事しない限りは安全だぞ? さ、まずは職場見学だ」