宰相府藩国 水の巨塔

わんちゃん物語

水の巨塔を動かすのは犬士たちだ、という話がある。
人間の整備員もいるが、運営を直に司るオペレーターは全て犬士で構成されている。
つまり犬士がいなければ水が滞りなく流れることは無いのである。
普段はコントロールルームにこもって出てこない彼ら。
その彼らの一日というものを見てみよう。



午前7時 朝食
蜂の巣のような宿直スペースにわおーんと鳴き声が響く。
前のシフトの犬士が呼びにきたのだ。
水の巨塔は3シフト制で動いており、8時間で交代である。
犬士により適正がちゃんと検査され、それぞれ最も活動がしやすい時間帯に配属されている。
今起きたのは朝シフトの者たちだ。今回は彼らの生活を追ってみることにする。
ああ、先ほどの声で起きないものはところてん方式で放り出されることも追記しておこう。


午前7時半 朝食
バトルメードのお姉さん達が丹精こめて作ったドッグフードを食す。
給仕はバトルメードアイドレスを着た犬士。メイド服がらぶりーである。
たまには本物のお姉さんたちに給仕して欲しいなー、と思いながら食べるものが多いのは言うまでも無い。

午前8時 業務開始
それぞれの席について業務を開始する。
主な仕事は水の量が適切に流れているか、外殻はひび割れていないか、電力消費量は適切か、今日の晩御飯何かな、などである。
最後にツッコミたいのは分かるが、事実だからしょうがない。
ほとんど毎日変わること無いルーチンワークである。
インターネットに繋がってはいるものの、機密流出を恐れて巨大掲示板にはアクセスできない。
何匹かは「水の巨塔の中に住んでます」とかいうスレを立てて飯抜きの刑に処せられたこともある。
まぁ、そんなわけでこっそり内職で遊ぶことも出来ないため、めっさ暇なのである。
ただ、そんな中でもシルフの色を変えてみたりする独特の娯楽が生まれつつあると言う。
誰が一番美しく彩ることが出来るかという競技らしいが、勝敗の基準は不明である。


午前9時 喧嘩
これはスケジュールにあるわけではないのだが、何故かこのくらいの時間になると喧嘩が起こる。
理由は大体些細なものだ。
大体が自分よりご飯が多かったとか、俺のトイレ使うなよーとか、トイレの後は肉球洗えよお前ーなどである。
今日もそうだ。第20階層の犬士達が集まっている。

「わふんわふん!(お前俺より5g飯多かったろ!)」
「くぅ〜ん(そ、そんなわけないじゃないカー)」
「おん!(俺見たよー、そいつお前の見てないうちに取ってたぜー)」
「ばうっ!(ちょ、おま)」
「ぐるるるる(ほっほーん……覚悟はできてんだろうなぁ、ああん?)」
「きゃいんきゃいん(ゆ、ゆるしてー!)」
「わおん!(お、喧嘩だ喧嘩、混ざれー!)」

わおんわおんきゃいんきゃいんと何匹もの犬士達が毛玉になる。
前述の通り娯楽が少ないこの職場。
火事と喧嘩は江戸の華とまではいかないが、暇つぶしにはもってこいだ。
上下の階層からも犬士達が集まってきてぎゃうんぎゃうん!と騒ぎは大きくなっていく。

「わう!(止めな!)」

一際大きな声が辺りに響いた。
年季の入った皺を寄せた犬士が、タバコを咥えながら近づいてきた。(注:禁煙です)

「わぅん(お前たち、たかだか飯の量でガタガタ言うんじゃねぇ)」
「ばふっ!(し、しかし!)」
「わうーん!(しかしも歯科医師もねぇ!朝食べたなら昼減らす。それでいいじゃねぇか)」

咥えたタバコをふかすマネをする渋い犬士。(注:禁煙です)
後から乱入してきたものたちはそれで納得したようだが、取られた側はまだである。

「わん!(そんなこと言ったって、取られた俺はどうすれば!)」
「ばうばう(わかってねぇなぁ、小僧。俺たちの役目は何だ?)」
「……わふぅ(……この塔を制御すること)」
「わう(違うな。それは宰相府を潤すことだ。俺たちがこの宰相府を支えているんだ)」

渋い犬士の言葉に場がしんと静まった。

「わぅ(その誇り以上に大事なことなどあるか?仕事をやめるほどのことがあるか?)」
「……くぅん(……ない、です)」
「ばぅ(よし。さぁ、皆!仕事だ!持ち場に戻んな!)」

わんわんと答えて、犬士たちは戻って行った。
だが、2,3匹が残っていた。
これは注意しないといけないだろうという使命感に溢れる真面目ちゃんたちである。
それに渋い犬士が気付いた。

「ばふ(どうした)」
「あぅん(あのー、ここ禁煙なんすけど)」
「ばう?(あ、これ?シガーチョコ)」

○本新喜劇ばりのこけかたで犬士たちはこけた。


午前11時 昼休み
この時間から順番に昼休みに入る。
コントロールルームは飲食厳禁なので外で食べる。
そのまま戻ってこないのがいたりするため、専属の警吏もいたりする。
ま、その警吏も戻ってこなかったりするのは犬士ちゃんたちの仕事のご愛嬌である。


午後1時 お昼寝
本来は業務中の時間である。
間違いなく業務中である。
でも寝るのだ。
なぜなら眠いから。
これ以上、この時間を言い表す言葉は無いと筆者は思うのだ。
お腹一杯になると眠くなるよねー、ねー、ねー……(フェードアウト)


午後3時 おやつ
先に言っておくが昼寝がこの時間まで続いているわけではない。あしからず。
おやつとは言ってもドッグフードだけでは摂取できなかった栄養などを補うためのものである。
そのため野菜などを中心としたヘルシーなものが出される。
とは言っても、ちゃんと食べやすくクッキーみたいになっているのでかなり好評である。
このおかげで彼らは健康に過ごすことができるのだ。


午後4時 業務終了
次のシフトの犬士達が来たのを確認して引継ぎを行う。
終了したものから休みに入る。
たまに次のシフトの犬士がこなくてずっと仕事し続けるものもいたりする。
その時は全員で敬礼してゴッドスピードと心の中で言うのだ。
そしてきゃっほうと遊びに行く。5秒で前のことを忘れるのが犬士クオリティです。


午後5時 遊び
運動不足解消も兼ねて内殻の廊下を走り回る。
まてまてー、わんわん、とやかましく走り回る犬士たち。
バターにならないようにと注意書きがされているが守っているものは少なかったりする。
うるさくしすぎて整備員さんたちに怒られるのもご愛嬌。
5分でまた走り始めるのだ。
それを見かねて、近く空いているブロックにアスレチックジムを作る予定だとか。


午後7時 夕食
朝食と同じなので割愛


午後8時 就寝
早いと思われるかもしれないが、犬士たちのエネルギー消費は早い。
次の日に備えて疲れを取るために早めに寝なきゃいけないのだ。
蜂の巣ベッドに入って次の休暇どうしようかなーと考えながら眠りにつく。
5分もあればすぐ夢の世界へ旅立てるのも犬士たちのいいところだ。

そして10時間後、またわおーんとの声で目覚めるのだ。
水の巨塔の毎日はこの繰り返し。
退屈してしまいそうなこのルーチンデイズを乗り切ってくれる犬士がいるからこそ、
宰相府はオアシスを湛え、四季の庭園を保持することが出来るのだ。
我々を支えてくれる犬士たちに感謝をしつつ、筆をおくことにしよう。



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筆者はパソコンに保存して、テキストエディタを閉じた。
これを持ち込めば少しは犬士たちのことをわかってもらえるかなと思いつつ。
おっといけない、もう上司が呼んでいる。早いところ仕事に戻らないと。
ああ、はいはい、すぐ行きますよ!

「わふん!」

上司まで届くように吠えて、犬士はたったかたったか駆けて行った。