おすすめスポット

秋花堂

歩きつかれた人への憩いの場

 黄金の銀杏並木や金と赤に彩られた公園から少しそれたところにある参道。長い長い参道の途中、少し開けた場所に茶店がある。

 とある夫婦が経営するその店はこじんまりとしていたが、色とりどりの葉で飾られとても落ち着いた雰囲気を出している。
 メニューは情景にあわせてか、和のものが多い。
 団子は勿論のこと、おはぎなどの和菓子やそれにあわせた煎茶やほうじ茶に抹茶。団子にしても餡、みたらし、 茶団子など規模に比べて種類は豊富である。
 変わったところでは栗や柿のソフトクリーム。その他、干し柿等もある。

 基本は表に腰掛け、紅葉を楽しみながら団子と茶を楽しむようになっているが、参道を下る場合のみ持ち帰りのメニューもある。
 これは境内や其処にある水源の美観を損ねないためと、なにより、ものを食べながら神社に入るものでは無いという意見からである。
 ただ、神社の脇にベンチがあるため、そこで食事をしようとする参拝客(主にカップル)が最近多く、悩みの種だという。


/*/


秋花堂
名物まつたけうどん

 さて、この茶店だが茶菓子の他にも食事のメニューがある。
 と言ってもメニューに載っている訳ではない。店頭で口頭注文すると店の奥に通され、そこで食事が出される。
 メニューに載っていないため、観光客にはほとんど知られていないが、中には食事をしていく観光客もいる。
 因みに何故奥に通されるかと言うと、基本的に表では観光客(それもほとんどカップル)が良く茶を飲んでいく。
 隣でイチャイチャされては美味い食事も喉を通りにくく、また、隣で飯を食われてはせっかくの雰囲気が台無しだろう。
 カップルにしても、一般人にしても、情緒というものは大事である。
 要は、そういうことだった。

 その食事であるが、基本はうどんか炊き込みご飯となる。
 団子もそうだが、全てにおいて神社の湧き水が使われており、味はすこぶる良い。
 最初は主人の趣味…と言うか自分たちで食べるために用意したメニューではあるが、これが中々の評判を得ている。

秋花堂
風情ある和傘もここで買える
 中でも「まつたけうどん」は絶品であるとの話であり、けっこうな値段の割りに注文は多い。
 山に自生している松茸を使用するのだが、元々は宰相の趣味で作られた山だけあって本来採取は許可されていない。
 乱獲で荒れるための決まりであるが、何故かこの茶店が店で出す分においてのみ許可されている。
 理由は定かではないが、宰相もこの店の食事が気に入っているという噂があることを此処に記しておく。


/*/

ある日の秋の園風景

 朝、すがすがしい光を体で浴びながら店を開ける。
 仕込みは既に終わっており、あとは客を待つだけ。…やはり一日の始まりであるこの瞬間は良い。
 裏ではウチの嫁さんが団子と茶の用意をしている。ほとんど道楽商売に近いため、客が来ない間は嫁さんと二人で紅葉を眺めながら時間を潰すのが日課となっている。
 それでもそこそこには繁盛しているからありがたいことだ。

「あなた、お待たせ。準備できたわよ」
「おぅ、スマンな。じゃ、今日も客が来るのを待つとするか」

 普通の商売では考えられない話である。
 が、別段利益を追求している訳でも無し食うに困るほど客が来ないわけで無し。日々の暮らしが少し豊かになれば良いという考えで暮らせるのも此処が『秋の園』だからだろう。
 実りの秋とはよく言ったもので、食べるのにはほとんど困らない。もちろん、金を出して手に入れなければならないものもあるが、帝國は食糧が大量に出回っている。食べるだけなら何とかなるもんだ。

「考え事?」
「ん・・・いや、そろそろ客がくるかなぁ、とな」

 なんとなく話をそらしてしまう。
 嫁さんも実際何を考えていたか判ったようで、苦笑している。

「今日はどれくらいお客さんくるかしらね」
「そうさなぁ。いつもどおりでいいんじゃないかねぇ」

 根が暢気なのか、自分は客の入りや店の評判はそんなに気にならない。
 時折『どうも自分は商売には向いていないんじゃないか』とまで考えることもある。家計は嫁さんにまかせっきりだしな。
 しかしまぁ、それで特に何も言われないんで、上手く行っているということなんだろう。
 そんなことを考えていると、ぽつりぽつりと人が通り始める。遅めに水を汲みに来る連中だ。顔見知りも多いので一言二言交わしつつ、時計を確認する。もうすぐ午前10時になるところであった。
 交通の便の問題なのか、観光客は大体10時過ぎからやってくることが多い。今の時間に通るのはほとんどがここいらの住人か地上に住んでいる参拝客だ。
 それなら客が来る時間から店を開ければいいものだが・・・ま、なんだ。嫁さんと過ごす時間が取れて丁度いいと言う事で。
 茶を入れようとして急須が空なのに気付く。時間も丁度良い、ってか。

「さぁて。そろそろ午前の分の仕込みするかね」
「そうね。あ、お昼は栗ご飯なの。楽しみにしておいてね」

 栗ご飯か、昼の食事客が少なかったら晩飯も栗ご飯か・・・それもいいなぁ。
等と考えつつ、団子を串に打つ。食事メニューは我々の昼食を客に振舞うため、昼に食事客が来ないと多めに用意した分食事が余る、と言う訳だ。
 米がなくなると、その後は朝のうちに仕込んでおいたうどんを振舞うことになる。趣味というか、自分が好きなので始めたことであったが、評判が良いらしく鼻が高い。
 一通り串に打ち終わると、次は炭を熾す。いつもならこの辺で・・・

「すいませーん、注文いいですかー?」
「へい、いらっしゃい」

 いつもどおり、観光客が店に来る。
 顔ぶれは同じだったり違ったりはするが、大よそこの辺で客が来るのがサイクルとして染み付いているらしい。
 この客も例に漏れず、二人組だった。おそらく下から上ってきて一休みして境内へ、というお決まりのコースの途中だろう。

「なぁ、どれにする?」
「えーと、えっと、一緒のやつがいい・・・かな」

 んー、初々しいねぇ。嫁さんとの若い頃を見てるようだ。ま、今もだが。
 で、それはいいが二人でイチャついて注文されないとコッチも困るんだがね。
 かといってお客さんにはそんなこと言えないんでのんびりと待つ。それを見て奥で嫁さんが微笑んでる。
 いつもの光景だった。

「えと、じゃあ、みたらし団子?」
「みたらし団子二つと、飲み物は任せます」

 結局彼女さんが決めてる気がするが、二人の間で何か通じ合ったんだろう。
 嫁さんに煎茶二つと伝えてから、炭の上に団子を並べる。軽く焦げ目が着いたら、みたらし用のタレにくぐらせ、皿に盛る。
 琥珀色をしたタレが絡まった団子が皿の上に3串。1串4個なので計12個。
 毎度毎度自分で作っておきながら摘まみたくなる。流石に売り物なんで手はつけないが。

「はい、お待ちどう。みたらし団子ね。飲み物は直ぐに嫁さんが持ってくるからね」
「わー・・・あれ?あの、二つで頼んだんですけど・・・」
「お嬢ちゃんたち今日最初のお客だからね。サービスしとくよ」

 流石にいきなりサービスと言われていぶかしんだのか、少しヘンな顔をしつつ受け取る二人。
 しかし、一口食べて気に入ったのか、直ぐに顔が綻ぶ。コレが見たいがために偶にこういうことをする。
 ま、それだけでもないんだが。

「おいしいねー」
「そうだな」

 彼氏君のほうは無愛想なようだが、ありゃあ照れてるな。やっぱり初々しいねぇ。
 参道を通っていく他の人たちも横目で見ては微笑んでいる。
 嫁さんもお茶を運びながらそんな二人を見て微笑む。あぁ、良い光景だ。
 風が、吹いた。紅葉が風に揺られさわさわと揺れる。軒先の二人も俺も嫁さんも暫くぼーっと眺めていたらしい。

「あっ・・・」
「あ・・・」

 二人が何か呟いた。振り向いてみると、団子を取ろうとして手が触れ合ったらしい。
 しかも、互いに互いが最後の1串を譲り合っている。流石にこう、出来すぎじゃないだろうか。
 そんな風景をみて、また一組の観光客が店に来た。表は占領されてるので中に通す。
 さて、そろそろ忙しくなるかな。そう思った矢先に見知った顔が尋ねてきた。いつもこの時間に水を汲みに行って帰りに茶を飲んでいく兄さんだ。と言っても年のころは四十程だが。
 かなりの常連なので偶に一緒に飯を食ったりもする。一応、御代は頂くがね。

「やあ、旦那。繁盛してるね」
「あぁ、どうも。ぼちぼちですよ」

 ほとんど定型文のような会話を交わしてから注文を聞く。
 今日は栗ご飯なんですよ、と世間話をすると兄さんがいいねぇ。ウチもそうするかな、と返す。どうやら今日は家で昼を食べるらしい。
 暫くして団子を出しにいくと、茶を啜りながら兄さんが話しかけてくる。

「ところで旦那。表のあの二人、いいねぇ。初々しいというかなんというか」
「ははは、どうやら自分は商売に向いているようで」

 噛み合わない返事に兄さんがはて?と首を傾げるが、直ぐに理解したらしい。
 表で延々繰り広げられる二人の空間のお陰で、当てられた二人組の観光客・・・所謂カップルが帰りに持ち帰りを頼んだり店に入ったりしていた。
 一つ踏み込みたいカップルにとっては丁度良い理由になるんだろう。みな机をはさんでもじもじしていたり顔を赤くしていたりする。

「や、しかし・・・私は場違いだねぇ」
「ははは、そう言わんで下さい。兄さんがいなくなっちゃあアタシらが耐えられません」

 そう言って、二人で苦笑する。
 まあ、コレもいつもどおりといえばいつもどおり。
 けど、少し今日は忙しくなるかも知れんなぁ。ちょいと張り切るか。

「すいませーん」
「はいよー、今行きまーす」

 おっと、また客だ。今日は少しじゃないかもな。
 忙しいことは良い事だ。こりゃあ良い日になりそうだ。