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参道

歩む道はあなたの人生 そしてあなたの思い

参道
神聖な雰囲気があたりを包む
 黄金の銀杏並木や金と赤に彩られた公園から少しそれたところにある参道。その長い長い参道は、中ほどに人の良い夫婦の経営する茶店を置き、参道というからには終点に神社がある。
 この参道は山の三合目辺りから伸びるため、途中までのロープウェイがある。山の麓から参道の入口までを繋いでおり、此処からの景色は絶景である。
 銀杏並木の向こうに広がる湖。その畔に生息するまだ青い銀杏をはじめとする夏を残したような風景。そして、少し上りだした頃に広がる鮮烈な紅葉の赤と金。

 登るときは夏から秋へ、降りるときはその逆へ。

 初秋から晩秋にかけての季節の変わり目を感じることが出来るようになっている。そんな参道に足を踏み入れたものは、その景色が変わったことにまず驚く。
 今まで紅や黄金色に彩られていた景色は遠くのものとなり、自分たちを包むのは雄大な杉の深緑色一色となる。注連縄が巻かれた胴回り5mを越える杉並木は見るものを圧倒し、ここが神聖な場所なのだと改めて認識させる。
 それをさらに際立たせるのが金木犀の生垣だ。参道の始めには金木犀が植えられ、鳥居が設置されている。この金木犀は一定の距離ごとに少量植えられており、爽やかな香りを参拝客に運んでいる。
 通常、金木犀は儚く、脆く、雨に当たっただけで散ってしまうものである。そして、何より芳香が強すぎる。そのため、この秋の園では少しの改良が加えられている。
 先ず、オレンジの花自体はほとんど香りもなく、イミテーションのようなものになっている。そして、目立たないように植えられている銀木犀がほのかな芳香を漂わせる、という具合である。
 しかし、元々儚いものであるために雨風に晒されてしまうと散ってしまう。そのため、周囲を高めの樹木で囲って防風・防雨林として機能させると同時に参道の見栄えも向上させる仕組みになっている。

 そのため、夜になればこのあたりは大分暗くなるが、その時には秋の園の紅葉をあしらった灯篭(提灯)を灯していくことをお勧めする。暗い中、提灯の灯りだけで照らされた参道もなかなか風情のあるものであり、「灯篭を片手に散策するのも情緒があって良い」との声もあり、今のところこの試みは上々の評価を得ている。

 その参道を暫く登ると、左右をさえぎっていた林が紅葉混じりになり、左手に渓流が見えてくる。紅葉の美しさと、清流のせせらぎを感じ取りながら歩くことが出来る。このあたりは夕方も良いが、出来れば朝日と共に見ていただきたい。
 太陽が昇りきらないうちにこのあたりを歩くと、朝日に輝く紅葉と清流を見ることが出来るために、暫く立ち止まって折り重なる情景を堪能する人までいるらしい。

 そこを暫く進むと、次は秋花堂がある。
 仲の良い夫婦が経営しており、美味しいお茶と茶菓子が食べれると評判の茶店である。メニューにはないが、注文すれば料理も出るらしい。
 観光客の多い時間になると、表で一目を憚らずいちゃつくカップルやそれに当てられたカップルやそれを見て見ぬ振りする参拝客などが見れるともっぱらの噂である。

 秋花堂を越えると、暫くは自然の山道を利用した参道となる。手が加えられている部分は、ある程度ならした道と勾配の強くなった部分のみにある階段(と言っても、地肌を削り、材木で整えただけのものであるが)だけである。もっとも、手すりは付けられている。安全面と足の弱い老人などへの配慮であった。勾配のきつくなっている部分はスロープにするなどの話も出ていたが、逆に危険(登るときも降りるときも弾みで一気に落ちるため)と却下された。
 そのため、秋花堂よりも上に登る場合はどうしても徒歩となる。車椅子等のかたはそのままでは上れないが、時折老人を負ぶっている青年等を見かけることがある。その場合は秋花堂で車椅子を預かってもらっているらしい。
 そして、階段を上りきったところに神社がある。正式な名前を龍青神社と言うこの神社は水神を祀っており、水源地として有名である。
 水を汲みに来る人、神社に御参りに来る人、観光目的で来る人、と訪れる人は多い。

 もっとも、最近では観光客・参拝者が増え、「もう少し楽に登りたい」「足が弱くて神社までいけない」といった声も上がっている。これをうけ、階段の横に斜面をつけるかどうかで対策会議がなされ、その合間の場繋ぎにとアルバイトを雇うことにした。
 つまり、人力車のような扱いでロープウェイ、あるいは秋花堂から神社までの往復を補助する仕事を作ったのである。金欠気味の青年や学生達がこれに食いつき、集団が結成された。背負って神社までを往復するもの、一緒について手を引くもの等、様々なアプローチを行なった結果これが好評を呼び、いつの間にか正式採用されてしまっていた。中には話し相手として呼ぶものもいるようで、評判は今もなお良いらしい。
 上記の車椅子の方を背負う青年もこれに当たる。この件もあり、秋花堂は今日も客足が絶えない。
 なお、このサービスは予約制・1回10わんわんで受けられる。興味がある方はぜひ秋花堂まで、とのことだ。

 さぁ、皆さんも一度訪れてみてはどうだろうか。それも、出来れば自分の足で苦労して。移り行く季節をその体で感じ取りながら歩むのは、至高の瞬間だとお勧めしたい。

ある日の秋の園風景

「どうですか?いい記事書けそうですか?」
「ええ、ご協力ありがとうございます。なかなかいい雑誌になりそうですよ」
「はは、それはよかった」

 提灯を持った青年が笑う。
 どうやってここを紹介しようか困っていたところ、お困りですか?と助け舟を出してくれたのだ。
 現地の人に話を聞けたのはこれ以上ない助けだった。
 自分ではそう注目もしていなかったこの参道も、立派な1スポットに昇格することが出来たのだから。

 そんなこんなで長々と彼と話をしていたのだが、あることを聞くのを忘れていた。
 間抜けな話だが、彼の素性を知らないのだ。
 これは記者としても助けてもらった人間としても聞かなくては。

「ところで、色々教えていただいてなんですが、貴方は?」
「ただの、案内人ですよ」
「案内人っていうと、神社の?」
「ええ、まぁそんなものです」

 そう言われて、改めてまじまじと彼の姿を見る。

………似合わねぇ

 失礼だがそう思ってしまった。
 その格好は彼には確かに似合っているが、神聖な場所に勤めるものとは程遠い。
 神社で働く人間と言ったら狩衣とかそういったものを着るのが自然だろう。
 それが、カジュアルな洋服を着ているのだ。
 違和感満々である。
 その違和感に比例するように、自分の好奇心がむくむくと顔をもたげてきた。

「神主さんではないんですよね?」
「はい。私にはそう大したことは出来ませんから。せいぜいお年寄りのお手伝い、といったところです」
「では神職におつきではないと」
「ええ。まぁ、アルバイトですね」

 青年は柔和な笑みを崩さずに答えた。
 だが、何か引っかかるものがあった。
 こんなところでアルバイト?不自然すぎる。
 多分実は神主でしたー。正体隠してたんですてへっ!みたいなオチがあるに違いない。
 そう思ってもう少し追求してみることにした。

「バイトといってもここではすることは少ないでしょう」
「……この階段、見てください」
「?」

 言われたとおりに階段を見る。
 少々長い階段がそこにはあった。

「この階段、私たちは少し疲れる程度で登れます。でも、お年寄りはそうはいかない」
「そのために階段がゆるくなってるんじゃないですか?」

 階段は長いが、勾配はそんなにきつくないように見える。
 これならそう苦労することなく登れるだろう。
 だが青年は首を振った。

「お年寄りの体力ではそれでもかなりきついんです。だから途中で何度も休憩しなくちゃいけないし、ひどいときにはこけてしまう。
 そんなに苦労しても、ここの神社にお参りするのがいいって言うんですよ」
「なるほど……確かにそういう方は多いですね」
「私の祖母もそんな一人でして、神社に行くたびにはらはらしましてね、いつも付いていってたんですよ」

お恥ずかしい話ですがと苦笑いしながら青年は頭をかいた。

「それに付いていくうちに祖母と同年代の方が多いのに気付きましてね。
 祖母を手伝うんならその人たちも手伝ったらどうかと思ったのが始まりです」
「それで、バイトを」
「ええ、秋花堂のご主人が丁度同じことを考えていたようでして、まぁ小遣い稼ぎもできてよいかなと。
 まぁ、仕事が休みの日だけですけどね。おかげで奥様方の人気者ですよ」

 青年は笑った。
 その笑顔を見て、自分を恥ずかしく思った。
 オチなんかないじゃないか。まったく、助けてもらっておいて失礼な話だ。
 秘密を期待していた自分を心の中で何回も蹴り倒すことにしよう。
 そう決めて改めて青年と向き合った。

「いやぁ、いい話ですね」
「それほどでもありませんよ。秋花堂を営んでらっしゃるご夫婦に比べたらまだまだです」
「そうですか。ではそちらにお邪魔するのも楽しみにしておきます」

 そう言って、時計を確認した。もう二十分は話したか。
 彼の話をもっと聞いていたかったが、これでお暇することにしよう。
 あまり長話をしても取材の時間がなくなってしまうし、立ち話はこれくらいの長さが限度だろう。

「それでは色々とありがとうございました。私は仕事があるのでこれで」
「はい、また来てくださいね。今度は仕事以外で」
「ははは、ぜひ。その時はまたよろしくお願いします」

 それでは、と言って青年と別れた。
 思いがけないところで思いがけないいい話を聞けた。これだから取材はやめられないのだ。
 さて、次はどんなスポットなのだろう。またいい話を聞けるだろうか?
 そう思いながら、石段を登り始めた。