おすすめスポット

銀杏並木

香ばしいにおいに魅かれる人続出!

名物焼き銀杏
焼き銀杏は知る人ぞ知るご当地グルメ!
 夏の風景を残したのわき園から山の方へとしばらく歩むと黄金の道に出くわす。その黄金の道は銀杏並木と呼ばれている。秋の園自体が温度調整されており、また人の手による環境整備をされているおかげでその道は常に銀杏の葉に彩られている。秋の園のために品種改良された銀杏の木はつねに黄金の色を輝かせており、山の上の方からみると銀杏による黄金の道(ゴールデンロード)である事をはっきりと確認する事ができる。
 秋の園の観光客の半数を占める龍青神社への参拝客はこの黄金の道、渓流の青、そして紅葉の赤と信号の色が変わっていくように風景を楽しみ、神社へと歩いていくコースが定番となっている。
 足腰の不安なお年寄りのために山の途中までのロープウェイも用意されている。最近では行きは乗り物で、帰りはゆっくりと風景を見て歩き、秋花堂で休憩を取り、そして帰路につくというのが参拝客の定番となっている。

 そんな黄金の道に一つの屋台がある。それは「焼き銀杏」を売るお店である。店主の焼く銀杏はもちろんこの銀杏並木で取れたものである。焼けた銀杏に特製の塩をまぶして食べると美味しく絶品であると観光客に大人気である。また観光客だけではなく、秋の園に水を汲みにきた近所の人が買って帰る姿も見える。
 屋台の店主も黄金の道を見て、その場で食べる銀杏の味に勝るものはないと考えているのか、あえて屋台のままで店を持つつもりはないと公言しており、秋の園でしか食べられない珍味として知る人ぞ知るご当地グルメとしても有名である。

ある日の秋の園風景

 私はご当地グルメを紹介する「観光っ子イチ押し! 今週のグルメナビ」の担当記者兼カメラマン兼ライターのリョウである。ん? なんで兼任が多いのかって? うちは人手不足なんだよ。それはともかく、今日は天領の秋の園の取材なんだ。

 食欲の秋っていうぐらいだからな。きっと美味しいモンがあるに違いない。お、さっそくいい匂いがしてきたぞ。

「店主、一つくれ」

「はいよ、3わんわんね」

 店主が焼き銀杏を私に差し出してきた。塩がキラキラと光り、クシに突き刺さった黄金の果実もとい銀杏は早く私を食べてとばかりに輝いている。香ばしい匂いに私は唾を飲み込むと口を開け、一つ放り込む。口の中に香ばしい味がじっくりと広がり、銀杏の香りに鼻が包まれた。

「こ、これは」

 うまいと一言言ってしまうだけでは何かもったいないと思わせるこの味にひかれ、次々と銀杏を口に放り込む私。いつのまにか私の目には銀杏だけしか映らなくなり、そして包まれ、埋もれていくような錯覚に私は陥った。

香ばしい香りに私は昔を思い出す。昔、子供のころに学校の帰り道に拾った銀杏を母が焼いた事、味はこんなにも美味しくはなかったけれども子供の自分はそんな事は気にならならず、ハグハグと食べたその思い出。

 私が過去へとトリップしていたのは時間にして数秒だったのだろうが、私には何時間にも思える時間であった。

「すいません、焼き銀杏二つください」

 そんな声に私は覚醒した。目の前にいつのまにか現れたのは二人連れのカップルである。いやカップルといえば二人連れが定番であるのだし、三人連れのカップルとかいたらそれはそれで見物ではあるが。

「はいよ」

 店主の差し出した銀杏にかぶりつくカップル。ふと、私はこれは絵になると思った。なんといっても周りは黄金。そんな黄金に包まれた空間で二人で微笑ましく焼き銀杏を食べるカップル。これぞ今回の記事に相応しい題材であろう。

「あー、そこのお二人さん。実はおじさんグルメ雑誌の記者をやっているんだけど、今度の記事に君たちの写真を使いたいんだけどいいかな?」

 私の提案に目を丸くしたのは女の子の方であった。男の子の方は私を怪しげな人物を見るように睨んでいる。しかし、私の記者魂はそんな目で引き下がるようなものではなかった。

「これ、名刺、よかったら屋台の前で写真撮らせてくれないかな? これでもプロだし、綺麗に撮る自信はあるんだけど」

「断る」

 私の言葉を聞いたのか聞いていないのか、男の方は悩むような素振りも見せず、一刀両断に私の提案を切ってみせた。

「え、でも、雑誌に載るんだよ、シュン君。モグモグ」

 女の子の方は少し乗り気のようにも見える、こういう時は女の意見の方が強いものであろう。

「そうそう、なんだったら記事用の写真とは別に君たちの写真も撮るよ? 普通に撮るよりも随分とキレイに撮る自信もあるし」

「断る!」

 私の言葉にシュンと呼ばれた男の方が先ほどよりも強く拒否の意を示した。

「……え、でもシュン君のかっこいい写真……モグ……」

 女の方は未練が残っているようである。しかし、シュン君とやらの方の意見が優先されそうな様子だが……シュン君がブツブツと何か呟いている……私は記者魂を燃やし、耳に意識を集中した。

「雑誌なんかに載ったらアキの魅力が他の男共にバレちまうだろうが……」

 シュン君の言葉を耳でしっかりと聞いた私はシュン君を攻撃する事にした。なにせアキちゃんの方は乗り気なのである。

「雑誌の方でカップルとして大きく紹介したいんだけどねぇ、それにモデル料出るから今度のデートが豪華になるよ?」

「む……」

 シュン君が少し迷っているように見える。続いて攻撃するために私はそっとシュン君の耳にささやいた。

「それにプロに写真撮ってもらう事ってそんなにないだろうし、なんだったら……付き合いの関係で色んな観光地の割引券も持っているからそれもモデル代として提供するよ?」

「シュン君……」

「……わかった」

 シュン君はしばし迷うと、隣のアキちゃんのお願い目線に負けたのか、それとも割引券かはわからないが、頷いた。

「それじゃあ、屋台を前にして銀杏を食べているような絵で写真取ろうか……」

 アキちゃんの方はいつのまにか銀杏を食べ終わっていた。シュン君の方はまだ残っているのにねぇ。

「え、っとじゃあ、アキちゃんは葉っぱでも持ってて」

「アキを名前で呼ぶんじゃねぇ!」

 シュン君が唐突に叫ぶ。まぁなんですか、バカップルですか。

「えっとじゃあ……」

 シュン君は睨むようにこっちを見た。

「アキを名前で呼んでいいのはオレだけだ」

 なんかシツコイなぁ。

「じゃあ、シュン君の彼女さんは葉っぱ」

 再び今度はアキちゃんの方が叫んだ。

「ダメー! シュン君っていう呼び方は私だけなのー! 呼ぶのなら本名のシュウ君にしてください!」

 アキちゃんもジーとこっちを睨んでいる。バカップルなのはいいけど、似たもの同士ダネ。

「えっとじゃあ、シュウ君は銀杏を口にくわえてくれるかな?」

 私の担当している雑誌は観光の雑誌である。取材でバカップルに会うのなんて日常茶飯事。そう、こんな事を気にしてたら商売なんてできない。今日も明日もこんなもんさと開き直りながら私は仕事を再開した。