利用案内  


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  砂漠の日差しを避けるように中庭に幾つかのテントがあった。
  今日の取材スタッフのために用意されたスペースで、つい先ほどそこで昼食を取ったばかりだった。
  昼休みがてら適当な木陰で惰眠を貪ろうとぼんやりする。適度な満腹感と木陰の程よい日差しが眠気を誘う。
  ちなみに普段ならそのまま地面に横になるところだが、今日は正装しているのでシートを敷いている。
 「ねーねー。これなに?」
  本格的に夢の中に移動を開始した時、聞き慣れた声で現実に引き戻される。
  眠気で癒着した目蓋を左側だけ無理矢理引き剥がして、声がした方に視線を向ける。
  視線の先には何かを持ってふよふよ飛んでいるQがいた。何か見つけてきたらしい。
  眠い目を擦りつつ立ち上がるとQが持ってきたものを受け取る。
 「どこで見つけたんだ?」
  Qが見つけてきたのは迎賓館のパンフレットだった。
  迎賓館の利用者向けのもののようで、ごく薄い旅行社においてあるような代物だった。
  Qはあっち。と言って休憩スペースのテントを指差す。取材の参考用に用意されたものだろうか?
  頭の片隅でそう考えながら、Qの質問に答える。
 「これは迎賓館のパンフレットだな」
 「パンフレット?」
 「ここを使う人に、ここの紹介をするためのものだよ」
  中を開くと各種の利用案内が色とりどりに印刷されていた。
  迎賓館内部の間取りも載っている。
 「例えば、今いる中庭はここ」
  パンフレットに記載された迎賓館の館内地図の一角を指差す。
  続いて、また別の一角を指差す。今度は館内だ。
 「ここが、この前来た時Qがかくれんぼしたところ」
 「ふぅん」
  明らかに良くわかっていないQの顔に苦笑しながら、手元のパンフレットに目を落とした。

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  最初に読み始めたのは開いていた館内地図のページだった。
  パンフレットであるが故に、流石に格納庫の位置やシェルターの場所などは記載されていないし、
 来訪者が主だって使わなさそうな部分の部屋の紹介は省かれている。
 「まぁ、そこはしょうがないか……」
  パンフレットに記載されている主だった部屋を端から読む。
  一番部屋が集合しているのは、やはり貴賓客用の寝室周り。
  寝室と隣接した控え室に、その隣のお付きの人々の宿泊施設。そのすぐ傍には医務室もあった。
  元々西国人の国なので建物は中東風な雰囲気となっているのだが、室内も同様に中東風にまとめられていた。
  そこに壁や柱だけではなく床や天井にまで文様を施している辺り、流石は築百年を越す迎賓館だ。
 『視覚による清涼感を感じさせるため寝室や控え室は青系統で塗られており、利用者に一時の安らぎを約束します』
 と言う一文も、案外その通りなのだろう。
 「しかし、部屋数が随分あるなぁ……いくつあるんだ?」
  省略されている部分もあるが、部屋の数は大体わかるので数えてみる事にする。
  先ほどざっと読んだ紹介文にあったのだけでも十五強あったわけだが……。
 「部屋数は四十近くあるのか……何に使うんだろう?」
 「かくれんぼ!」
  ちょっと退屈そうに周りを飛んでいたQが、その呟きに胸を張って答える。
  そのQらしい答えに、思わず笑い出す。
  実際、以前迎賓館を訪れた時、Qが迎賓館でかくれんぼを始めた事があった。
 「確かにかくれんぼするには充分な数だ。やってみたら面白いだろうな」
 「うんっ!」
  きっと、かくれんぼをするような子供もいるだろうな。と思ってひとしきり笑う。
  まぁ、Qが本気で隠れたら勝ち目はないだろうが、やったらやったで楽しいだろう。
  パンフレットには、Qがかくれんぼをしたら使うであろう美術品の類の写真もあった。
  その中には以前Qが隠れていた壷の写真もあった。
 「いくらかは火災で失ったとはいえ、建国当初から少しずつ集めたものだそうだし、相当な価値のあるものだろうな」
  パンフレットの説明を読んで呟く。
  ちなみに、ここで言う『価値』とは金銭的価値ではなく、美術品としての価値である。
  展示されている美術品の金銭的価値がわかるほどの目利きではないし、
 そういうものにはお金で買えない価値があると思っている。
  各美術品の詳細な説明はないものの、宰相府藩国建国の頃から収集を重ねていると言う部分には嘆息する。
  一階に美術品展示室がある他、二階にも絵画や壷などが各所に展示してあるのだが、それだけでも結構な数だ。
  なんだか、もうここまで来ると迎賓館そのものが美術品の塊だ。
  この前来た時、誤って壊さなくて本当に良かったと思う。
 「築百年の建物といい展示物といい、迎賓館は美術品の塊だな」
 「貴族のおうちだもん」
  Qのその言葉と笑顔に、微笑を返すのだった。

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  パンフレットの施設案内を見ていて
 遥か昔に旅をしたインドで見た宮廷を思い出し、同時にその時に食べた豆のカレーを思い出す。
  ホテルのような宿ではなく一般のレストランのような場所で食べたものだが、中々美味しかった。
  沢山食べられなかったのが残念でならない。
 「また食べに行きたいものだけどなぁ……」
  その呟きにQが反応する。もっとも、先ほど食べた昼食の事だと思ったようだが。
 「さっき食べたご飯も美味しかったねー」
  Qにそうだな。と答える。実際、今日食べた昼食はかなり美味しかった。
  結構シンプルな料理だったのだが、その分素材と腕の良さが引き立っていたと言える。
  なかなか食べられるものでもないだろう。
  ……もっとも、嬉しそうに回想するQとは裏腹に、先ほどの昼食――特に最後の最後――はスリリングだった。
  というか、真剣に死ぬかと思った。
  デザートにケーキが出てきたのだが、Qは自分の分を食べ終えた後、
 よりにもよって今日子のケーキをこっそり食べていたのだ。それを見た今日子は当然怒るわけで――

 「こんの蜻蛉もどき! 今度と言う今度は羽根毟って煮物にしてやる!」
 「わー!」
 「待った! それは流石に困る! オレの分渡すから、ここは一つ!」
 「うるさい!」

  ――と、まぁ、こんな出来事があったのだ。
  この直後、今日子から根源力三十万以下は死亡するような視線で睨まれて危うく死に掛けた。
  なんとか矛を収めてくれたのだが、ああいう状況は出来れば出会いたくないものだ。
 「……あ、そういえば……」
  怖い回想を中断し、改めてパンフレットを開いてシェフ紹介の項目を探す。
  昼食時に「今日の昼食は迎賓館のシェフがわざわざ作ってくれたらしい」と言う話があったのを思い出したからだ。
  さほど厚いパンフレットでもないので、該当する箇所はすぐに見つかった。
 「作ったのは『エイプリル・アップル』って人らしいな」
  パンフレットによれば、ハイマイル区画の四月林檎と言う店の人らしい。
  ハイマイル区画は摂政以上でないと入れない上に、商品が最低でも百マイルかかると言う
 貧乏人にとってはとんでもない場所だ。
 「凄い人が食事作っているんだな……普通に食べに行ったらいくらするんだ……?」
  疑問に思って、知っていそうな人物に聞きに行くべく移動する。流石にパンフレットにはそこまで載っていない。
  とりあえず厨房に行くと、中にいた使用人の女性――バトルメードのようだが――に声をかける。
  厨房の掃除をしていたようで、仕事の邪魔をしたかなと思わないでもない。
 「すいません。ちょっといいでしょうか?」
 「はい。何でございましょう?」
 「今日の昼食を作ったのがエイプリル・アップルと言う方だと聞いたのですが」
 「はい。本日の皆様のご昼食はミス・エイプリル・アップル様が特別にお作りしたものですが……
 何かご不満な点でもございましたか?」
 「いえ、不満な点は全く。ただ、普通に食べに行ったらいくらくらいするものなのかと思いまして」
  どうも、料理に対する意見というかで来たものだと思っていたらしい。
  その言葉を聞いて応対していた使用人の女性がなるほど。と言う顔をする。
 「四月林檎のメニューででしたら、ランチが三十マイルほどでお召し上がりいただけます。
 本日のデザートとしてお出ししたケーキは五十マイルほどになりますが」
  ケーキの話が出てくるあたり、お昼の騒ぎは伝わっていたらしい。
  まぁ、あれだけの大騒ぎだ。伝わっていない方がおかしい。その答えに頭を描いて苦笑する。
 「そうですか。ありがとうございます」
  とりあえず用は済んだので中庭に戻る事にする。
  お昼休みの残り時間もそれほど多くないし、相手の仕事の邪魔をし続けるのも悪い。
  厨房を立ち去る寸前、Qが満面の笑顔を向けて口を開いた。
 「ご飯美味しかったよ!」
 「はい。ミス・エイプリル・アップルに伝えておきます」
  Qのその言葉に使用人の女性も笑みを浮かべながらそう答えた。
  美味しいのは確かだが、三十マイルと言うのは貧乏人には辛い話だ。

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  使用人の女性と別れて元の場所に戻ると再びパンフレットを開く。惰眠を貪るには残り時間が少々足りなくなっていた。
  しばらく読んでいると、迎賓館の使用料についての項目が目に入る。その項目を一読して、はぁ〜。と大きく溜息をつく。
 「それにしても……。迎賓館の使用料、三十マイルもするのか……」
 「さんじゅーまいる?」
  マイルと言うものを良く分かっていないのであろう。Qが首を傾げる。
  さて。どう説明したものかとちょっと思案する。
  正直な話、マイルと言うものを完全に理解しているとは言い難いので、上手い説明が思い浮かばない。
  それでなくても、Qにこういうものを説明するのは難しい。
 「そうだな。Qと二回は遊びに行けるな。どこかに」
 「そうなんだ」
  こんな説明でも、遊びに行けるという部分はわかったらしい。
  ちょっと興味がありそうな顔で周りを飛んでいる。
 「まぁ、三十マイルあったら素直にQと遊びに行くよ」
 「うん!」
  その答えに気分を良くしたのか、Qはにっこりと笑った。
  一応、この取材でも多少のマイルが手に入るので、今後Qと遊びに行けるチャンスは増えるだろう。
  そんな会話をしながら談笑していると、不意に影が落ちる。
 「何やってるのよ。あんた達は」
  逆光で顔が見えないが、声から判断すると逆光の主は今日子のようだった。
  先ほどのケーキ騒動の件で、まだ何かあるのだろうかと内心ヒヤヒヤする。
 「ん? 迎賓館を使用する大金があったら、どこに行こうかって話をしていた」
 「あんたたちね……」
  呆れているのか怒っているのか良くわからない声色で今日子が呟く。
  ……おそらく呆れているのだろうが、そこはあえて流しておく。
 「大金って言うけどね、ハイマイルのホテルは一泊百マイルよ?」
 「高っ!?」
  ……ああ、やっぱり呆れられていたのか。と、内心で溜息をつく。
  とは言っても、ここは貧乏人の悲しいところだ。この感覚は国を動かしていた頃から変わらない。
 「ひゃくまいる?」
  やっぱりわからないという顔でQが首を傾げる。
  Qに「家一軒建つ」と言ってもわからないと思うので、先ほどと同じ答え方をする。
 「Qと五回は遊びに行ける。確実に」
 「すごいねー」
  少しは解ったらしく、感心したようにQが頷く。……正直、どこまでわかっているのかわからないが。
 「ううう……迎賓館の使用料が安く感じる……」
 「貧乏人ねー」
  そこは否定しない。
  生きていく上で必要な資金は手に入れているが、豪勢に生活できるわけではない。むしろ、かなり質素だ。
  物欲がそれほど多くないのが救いだ。
 「でも、パンフには『ホテルの使用も出来ます』ってあるけど、何でなんだ? 迎賓館の方が安くて豪華じゃない?」
 「ホテルの方が良いって人もいるのよ。周り砂漠だし」
  見るものが無いという事なのだろう。
  セキュリティ上では有効な砂漠の真ん中と言うのも、来客からしてみればつまらないという部分があるのだろう。
 「ま、ホテルの方ならそれぞれが趣味に合わせて決められるから」
 「なるほどね。この迎賓館が趣味に合わない人も、当然いるだろうしな」
  人間の感性は様々だから、迎賓館の良さが解らない人は当然いるだろう。
  貧乏人そのままな意見ではあるが、迎賓館の雰囲気は好きだが高級品に囲まれ続けるというのは落ち着かない。
  まぁ、住んでいれば慣れるのだろうが……。

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 「それにしても、どういう人物が来るんだよ……」
  ちょっとげんなりしながら質問する。
  そもそもの問題として、そんな大量のマイルを平気で使える人物がいるのだろうか。
 「共和国の藩王も来るわね。あとは帝國の皇帝とか、黒麒麟藩国の藩王とか」
  確か、黒麒麟藩国はにゃんにゃん共和国の天領にある藩国だ。
  ビッグセブンと呼ばれる七つの大国の一つで、藩王が帝國宰相の弟だとか。
 「帝國の皇帝って、わんわん帝國の皇帝?」
 「それ以外に何があるのよ」
 「皇帝が何をしにここまで来るんだ? 交渉事か何か?」
 「遊びに」
  ちょっと、一瞬眩暈がした。
  確かに まぁ、宰相府藩国の性質を考えれば、来てもおかしくはない。
  ないのだが……。わんわん帝國の皇帝がそんなに気軽に遊びに来ても良いのだろうかと思わないでもない。
  というか、どういう人物なのだろう。
  ただ、まぁ、確かにその面子なら大量のマイルを使っても平気だろう。何せ、経済の規模が違う。
  考えると泥沼になりそうなので、話題を変える事にする。
 「それにしても、共和国の人間も使えるのか……」
 「共和国の人間の場合は外交使節扱いね。今あんたが持ってるパンフにも載ってるでしょ?」
  今日子に言われて慌ててパンフレットに目を走らせる。
 「あ、ホントだ。『にゃんにゃん共和国の方でも外交使節としてご利用いただけます』って書いてある」
  よく見なさいとばかりに今日子がフフンと鼻を鳴らせる。
 「でも、まぁ……貧乏人な一般庶民には縁のなさそうな所だなぁ……。ここ」
  正直な感想である。
  実際、安全性は非常に高いのは認めるが、使用料が三十マイルもかかるとなると、おいそれと使用できない。
 「見学だけならパパの許可が出ればタダできるわよ」
 「……そういえばそうだったな」
  そういえば、つい先日、今日の取材に先んじて個人で取材に来たのだが――無論、事前にちゃんと申請した上で
 色々なチェックも受けてから見学させてもらった――その時は使用料の話は出なかった。
  もっとも、一般公開していないはずの迎賓館に関する見学を、
 シロ宰相が簡単に許可を出したという事は少し不思議ではあるのだが。
  そんなことを考えていると、昼休みが終了したのかスタッフたちが動き始める。
 「午後の取材開始かな? Q行くぞ」
 「がってん!」
 「やれやれ、めんどくさいわねー」
  それぞれがそれぞれの言葉を呟きつつ、午後の取材は開始されるのだった。


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文章: 那限逢真・三影@天領
画像: アポロ・M・シバムラ@玄霧藩国
砂漠画像: 乃亜T型@ナニワアームズ商藩国