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【雪の騎士と薔薇の姫】

 これまでの功績を考慮され、雪の騎士の死罪は条件付きで許された。
 条件は、現在交戦中の敵国王の首。
 今すぐ死罪にならないというだけの、始めから不可能な条件であった。
 敵国へ向け出立する彼は、一度だけ姫と会うことが許された。
 騎士に駆け寄る薔薇の姫。
 無理です、無理です。ただ1人で国王を滅すなど、できはしません。
 あなたがいなくなったら、私もすぐに後を追います。
 いいえ姫様、私は雪の騎士。冬の間は北風と夜闇が私の守りとなるでしょう。
 春がこの国に訪れるまでには、私は必ず帰ります。
 そう告げると、雪の騎士は胸を張って歩き出した。

 そして、全てを凍りつかせる激しい吹雪が数か月に渡って国中を吹き渡る。
 いつもよりも厳しく、張り詰めた冬であった。
 やがて訪れた月すらも身を隠すほどの凍える晩、雪の勢いはその極点を迎え、止んだ。
 しかしそれでも騎士が帰ってくることはなく、やがて降り積もった雪は解け、春が来ようとしていた。

 薔薇の姫君は、1人きりで過ごすことが多くなっていた。
 王がどれだけ物を与えても、姫の微笑は失われたまま。
 国中の粋を集めて、最高の料理人が腕によりをかけたスープも、彼女の喉を通らない。
 ほんのりと赤みを帯びた赤子のような頬も、今ではすっかりこけてしまっていた。
 そんなある日、彼女は久しぶりに城を抜け出した。

 行く先は勿論、2人の小島。
 真円に輝く月に照らされながら、白木の船の櫂が寂しげな声を上げる。
 小島は森に覆われており、差し込む光もなかった。
 よろめき、倒れ、瑞々しかった彼女の肌が傷つき汚れていく。
 しかしそれでも彼女は歩みを止めない。
 すると、木々の切れ目から満月の光が一カ所にだけ降り注いでいる場所が目に入る。
 月光に照らされ、薔薇の姫は神に祈った。
 ああ、月の神よ。静寂の守護者よ。
 願わくばもう一度、あと一度だけ。あの人に会いたいのです。
 もはやこの世に未練はありません。他には何も要りません。
 どうか、この場に雪を、雪の騎士を。

 俄かに月光が勢いを増し、薔薇の姫は眩しさに目を閉じた。
 目を開けると、そこには1脚の卓、2脚の椅子。
 そして片方の椅子に座る、以前からは想像できないような、微笑を浮かべた雪の騎士。
 彼の体は薄く透け、淡い光を放っていた。
 約束を果たせず、申し訳ありません、姫様。
 ……いいのです。ここでこうしてまた会えたのですから。
 もう、2度と私を置いていかないでくださいね。
 ええ。今度こそ約束します。では、再会を祝して、乾杯しましょう……。

 翌日。
 父王がどれほど探しても、薔薇の姫が見つかることはなかった。
 ただ昨日までと大きく様子が違っていたのは、花が咲き、鳥が楽しげに歌っていることから、どうやら春が訪れたらしいこと。
 そして、かつて娘が足しげく通っていたあの小島に、突如として大量の薔薇が現れたということであった。

 雪の騎士と薔薇の姫を失ったこの藩国は、それからすぐに敵国の侵攻を受け滅んだ。
 今この藩国があった場所には、雪の中でなお美しく咲くという薔薇が残されているだけである……。

「・・・・・・という悲しくも美しい物語です」
「私、これが大好きです…(ほわわわわ)」

「はっ!」
「・・・・・・こほん。失礼しました」
「仕事に戻りましょう」

「さて、どちらに向かわれますか?」


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