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蓮華の園

 ここは宰相府は春の園。
 地下に作られた庭園なれど、「春」を冠するに相応しい風景は、初見のものを心から感服させる春の世界。

 そんな庭園の一角にある蓮華の園。そのど真ん中に棒立ちする女が一人。
 しかも、気温が低いわけでもないのに何故かガタガタ震えている。

「ううう・・・がんばるのよ蝶子。こんな罠なんかに負けちゃダメ!」

 この女性の名を霰矢蝶子(あられやちょうこ)と言う。
 にゃんにゃん共和国のレンジャー連邦に属している。いや、正確には「治めている」
 そう、彼女は藩王であった。

「あ、あわよくばガイドの仕事でマイルが貰えるかもしれないし、そうすれば貧乏なんて!」

 それほどまでに貧乏なのか、と思う人も居るだろうが、実際は彼女の藩国も彼女自身も特に貧乏ではない。
 何かが染み付いているんだろうか。
 シールとかシールとか、あとシールとか。

「と、とりあえず今のうちにもう一度暗記を・・・ええと・・・
 ここ、れんげのエリアは・・・ええと、ええと」

 既にグルグルです。本当に以下略。
 もとい、既に混乱気味である。
 そんな彼女に近づく男が一人。

「ここ、蓮華のエリアは見渡す限りの蓮華草が売りです」

「そう、そうです。どなたかは存じませんが・・・って惣一郎!?」

「どうした?」

 彼女の良人である霰矢惣一郎であった。
 惣一郎は彼女と一緒に居る時の微笑を浮かべている。
 腕には腕章を着けていた。警備員の腕章だ。

「あ、え、なんで?このことは誰にもその・・・」

「黙っていたな。だから聞いて飛んできた」

「何で私のセリフ・・・しかもなんで警備員・・・」

「一番都合がよかった。セリフはお前が練習しているのを聞いた」

 答えになっているのかよく分からない返事をしながら微笑む惣一郎。

「で、続きは?」

「え?」

「最後の練習だろう?俺が客になろう。やってみるといい」

「(ぬおー、なんで座るんですかー!どういう展開ですかー!)」

「どうした?」

「え、ええと、はい、大丈夫、大丈夫です。頑張ります!
 (大丈夫、大丈夫。覚えてきたことを言うだけ。人人人、よし!)」


「ええと・・・
 ここ、蓮華のエリアは見渡す限りの蓮華草が売りです。
 遠くに見える楼望や、更に遠くに霞む風車を眺めながらのんびりするのがお勧めです。
 そのまま地面に座るもよし、寝転ぶもよし、歩くもよしです。
 ですが、一面の蓮華草が売りなので風除け雨避けがありません。
 曇りや雨の日はお気をつけ下さいね。
 あ、あと、蓮華を摘んで蜜を吸った人も居るかもしれませんが、ここでは摘まないで下さいね?
 そのかわりと言いますか、レンゲはちみつでしたら販売しております。そちらはぜひお土産にどうぞ!」

「(い、言えた。上手いこと言えた!どうだ!)
 ど、どうでしょうか?」

「他には何が?」

「え、ええとっ!」

「蓮華の花言葉は『幸福』や『心の安らぎ』。
 愛する人と『幸福』や『心の安らぎ』に包まれながらのお昼寝や散歩は、きっと気持ち良いですよ!
 また、神話やわらべ歌、俳句にも読まれるように、古くから人々とのかかわりのある花です。
 蓮華関連で、『花は全部女神様が姿を変えたもの』と言う言葉もありますので、摘まないであげて下さいね」

「上出来だ」

「よ、よかった・・・(へたり込む)」

「仕事までは時間があるだろう?」

「え、は、はい!」

「俺もだ。時間までここで潰そう。あぁ、それと」

「はい?」

「その格好も可愛いぞ。コレだけで来た甲斐があった」

「か、可愛くない、可愛くないですよ!?」

「・・・・・・(蝶子の口を塞ぐ)」

/*/

 それから、数刻後。
 双方共に仕事の時間となる。

「そ、そろそろ、時間、ですね!」

「そうだな」

蝶子の髪を弄りながら答える惣一郎。
どう見ても仕事をする気がない。

「ま、まだ、物騒、ですよね!」

「あぁ、そうだな」

蝶子の頭を撫でながら答える惣一郎。
いつの間にか蝶子は抱きかかえられている。

「だから、その」

「俺と一緒に居るのは嫌か?」

「あうあああああ」

 蝶子の反応を楽しみながらちらりと視線をそらす惣一郎。
 少し顔を顰めるが、直ぐに戻して蝶子を見る。
 この人物、蝶子の前では微笑を絶やさない。

「その、あの、しごと、仕事がぁー」

「そうだな」

 そういって蝶子を抱えたまま立ち上がる。もちろん、お姫様抱っこだ。
 そのまま暫く歩き、蝶子を降ろして向き合う。

「?」

「キスしてもいいか」

「その、いきなりですね」

「ダメか?」

「・・・・・・」

『そう言われては断れない』と言うのを見透かしているかのような聞き方に、色々なものを感じつつ頷く蝶子。
 頷く蝶子を見て、微笑む惣一郎。
 いろんな意味でお似合いのカップルである。

「キスしたら仕事に行く。それで良いだろう?」

「ううう・・・何か負けた感じです」

「・・・その、なんだ」

「はい?」

「流石に恥ずかしい。眼を瞑ってくれ」

「は、はい・・・」

 眼を瞑り、少し顔を挙げ、腕を後に回す。
 そして、相手の出方を待つ。

〜一分経過〜

「(さ、さすがに改めて言われると恥ずかしいですよね)」

〜三分経過〜

「(と、途中で眼を開けると余計恥ずかしそうです・・・)」

〜五分経過〜

「って、流石に長いですよ惣一郎!恥ずかしすぎです!」

 そう言って眼を開けた蝶子の前には、誰もいなかった。
 見渡しても、誰もいない。どこかに隠れるにも見渡す限り蓮華草しかない。

「え?あれ?惣一郎?」

 答えるものは誰もいない。
 蝶子の傍を一陣の風が通り抜けた。
 急にオロオロしだす蝶子。

「い、一緒に居てくれるって言ったじゃないですかー!」

 叫んでも、誰も答えない。
 時間のせいか、人の通りも殆ど無い。

「いや、きっと仕事です!急な仕事です!揉め事です!春の園を探せばいます!」

 誰が聞いたわけでもないのに叫ぶ蝶子。
 おそらく自分に言い聞かせているらしい。

「そうです!ガイドをしながら探せばきっと!きっと!
 負けません。蝶子は強い子頑張る子!弱いとか言わせません!」

 どう見ても空元気だが、そこは気にしないでおこう。
 こうして、ガイド蝶子の大冒険(?)が始まる。
 果たしてヤガミはどこに行ったのだろうか?


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