■施設ご案内ツアー■

「では行きましょうか?」

 その人は唐突に口を開くとそんな事を言った。海軍の制服に身を包み、ほっそりとしていて、背丈は自分より少し低い。強い日差しにきらきらと輝く灰色の髪と、褐色の肌とのコントラストがまぶしかった。

「え……。あ、はい!」

 はっと我に返った僕は、その人について歩いていく。
 ここはわんわん帝國宰相府藩国。事実上、帝國を治めている宰相が藩王を兼ねる国だ。ここには軍港があり、その名をファヴール港という。もとは別部隊に所属する事が決まっていたはずだった僕が、こちらで欠員が出たとかで急遽通達を受けたのがちょうど24時間前。最低限の手荷物だけ持ってほとんど着の身着のまま、指定された軍港のメーンゲート前に着いたのが10分前。忙しいことこの上ない。まったくもって人使いの荒さにすっかり辟易していたわけだった。けど、それも5分前までの話。これからこの美人の上官が施設の案内をしてくれるのだそうだ。我ながら現金だとは思うけれど、少し心が躍る。

「まずは、メーンゲートから。この港の陸の玄関口ということになりますね」

 目の前には大きなゲート。さらにその前には守衛の人達とゲートガーディアンを勤める漆黒のトモエリバーが二機。さすがに間近で見るとその大きさに圧倒される。僕は思わず、おお…という感嘆の声をもらしていた。

「どう?頼もしい門番でしょう?この子達はフェイクへの改修からも破棄処分からも残った機体なの。あまりいい評価を受けなかった機体ではあるけれど、一撃に賭ける誇り、その気高さが私は好きです。ま、単なる感傷と言ってしまえばそれまでなんですけどね」

 そう言って少し苦笑する上官に何と言っていいかわからず、僕はあいまいに笑い返してもう一度その門番を見上げた。遠目には純正品であるように見えたが、よく見ると駆動部分各所に防塵装備が施されている他、装甲各所に細かい補修が施されているようだった。一目見てもかなり大事に手を入れられていることが分かる、がしかしこれは……。

「……いや、どっちかというと財政的に厳しいから、なんじゃ、」
「ん?何か言いました?」
「いえ、何も」

 ……相変わらず輝くような笑顔だった。が、目が笑っていない。どうやらこの手の話題には触れない方が良さそうだった。


 ゲートを抜け、熱気と砂埃をはらんだ風の中を通って最初に案内されたのはどちらかというと薄っぺらい代わりにやたら面積が広そうな感じの建物だった。

「ここが兵舎ですか?」
「ええ、ここに勤務する人の大半はここで寝泊りしています。もちろんあなたの部屋もここにありますよ」

 入ってみると中は意外と涼しい。さっきまで感じていた埃っぽさもなく、空調がきちんと機能しているようだ。白を基調にした内装が清潔な印象を与える宿舎の中、延々と続く廊下を歩いていく。扉が開いていた部屋の一つをちらりと横目で見ると、二段ベッドがずらりと並んでいた。非番の兵士達が思い思いの風でくつろぐ姿がどこかのんびりした雰囲気を感じさせる。
 そんな、リラックスした空気の中、宿舎から渡り廊下を通って隣の棟に移る。ガラス越しにフェンスに囲まれたグラウンドが見えた。遠目でよく見えないがどうやら野球をしているらしい。

「あ、今日の試合は、沿岸警備隊チームとI=D整備部隊チームですね。ああやって部隊毎にチームを作って定期的に試合してるんです」
「結構本格的なんですね」

 ほどなく隣の棟へ移る。どうやらこちらは宿舎に伴う生活関連の施設のようだ。診察室、売店、と進んでいくと、何だかいいにおいがしてきた。大きな広間に白いテーブルとチェアーがずらっと並んでいる。ここだけ、何だか騒々しいくらいににぎわっていた。

「ここが食堂ですね。まあ、ハイマイル地区の高級店とまではいかなくとも、味は保障しますよ」
「へえ、それは楽しみです」

 そういえば、朝から何も食べてなかったなあ、と思いつつ食堂の入り口に置かれたメニュー表を見てみる。おお、ヒヨコマメとアボガドのピタサンドなんて美味しそうだな……。それから、お、こっちは日替わりメニューか。……ん?

「今日の日替わりメニュー:料理長のきまぐれカレー……?」
「何が入っているか食べてみるまで分からないんですよねー。別名、地雷原カレーとも呼ばれているけど、良かったら食べていきます?」

 そう言われて、もう一度食堂内を見回した。今にして思えば、さっきのにぎわいは活気だけではなく、別の何か、名状しがたいものが混じりこんでいたに違いない。そして、僕は幸か不幸か、恐らくは勇敢な挑戦者だったと思われる一人の兵士が医務室へと担ぎ出されていく姿を視界の端に捉えてしまった。

 一瞬遠い目になる。……本能が全力で危険を告げていた。

「全力デオ断リサセテクダサイ」
「あら、残念」


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