冬の庭園壁画

冬の神話

 魔王が存在しました。人々はただただ理不尽に曝されるだけ。とても酷い魔王でした。人々は怖がって、誰かが助けてくれるのをいつも待っていました。誰かが角笛を吹き鳴らさないかと。誰かがすべてを解決してくれないかと。しかし、誰も戦おうとしませんでした。みんな恐れて怖がっていました。どうせ私が何かしたところで何も変わらないさ。なんで私がそんなことしなきゃならないのさ。そう言ってみんなが怖がっていました。
 そんな中、一人の少年がいました。少年は角笛を持っていました。
「正義を示す時、その角笛をお吹き。その時本当の正義が示される」
 おじいさんから聞かされた遠い昔のおとぎばなしが込められた角笛です。しかし、少年は角笛を吹きませんでした。なんで自分が吹かなきゃいけない。自分だけの力で何ができる。そう少年は思っていました。
 ある日、暗雲の空の下を少年が歩いていました。その時、泣き声が聞こえました。少年は立ち止まりました。
 泣いていたのは一人の少女でした。
「どうしたの?」
 泣いていた少女が顔を上げました。
「苗が枯れてしまったの…」
 少女は悲しげに呟きました。
 見ると、苗は無残に踏み荒らされ、ぐちゃぐちゃになっていました。
 このままでいいはずがない。
 少女の涙を見た少年の心に、忘れていた言葉が蘇りました。
 忘れていた言葉、それは恥でした。己の心を偽り、己の正義を忘れる事を恥じる心でした。
 少年はようやく思い出したのです。
「大丈夫、僕がいるよ」
 少年が言いました。少女が少年をもう一度見上げました。
 少年の心には、正義をなそうという意志の剣。何者にも折られることのない善をなそうとする心が蘇っていました。
 その時から、少年と少女は魔王の城に向かいました。少年と少女は城壁に石を投げ始めました。その度に少年と少女は番兵から追い払われました。
「子供に一体何ができる」
 番兵はそう言いました。
むつき・萩野・ドラケン@レンジャー連邦 「子供だからというのが理由になるのか。何もしない理由になるのか。何もしないより、何かした方がましだ」
 少年は言いました。
 人々は、最初は見ているだけでした。子供に一体何ができよう。何も変わらない。そう思ったのです。しかし、少年と少女は何度も何度も城に向かいました。少年と少女は、石を投げる事をやめなかったのです。
 やがて、誰かが言いました。
「子供達だけを戦わせて、本当にそれでいいのか?」
 誰かが言いました。
「子供を守る、それが大人の役割ではなかったのか?」
 少年と少女が、何度も何度でも城に向かう姿は、いつしか人々の心に「恥」を取り戻していたのです。
 やがて一人、また一人と、城に石を投げる人達が増えました。
 その度に番兵から追い払われました。しかし、誰一人としてやめる事はなかったのです。
 番兵はやがて武器を持って人々を追い払おうとするようになりました。でも人々は石を投げる事をやめませんでした。
「もう嫌だ。恥を忘れて生きるなんて嫌だ」
 誰かが言いました。少年は、おじいさんから聞かされていたおとぎばなしを思い出しました。
「正義を示す時、その角笛をお吹き。その時本当の正義が示される」
 少年は懸命に角笛を吹き始めました。
 魔王との戦いが、始まりました。
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神話の解説

登場する人物について

 この神話において重要な役割を果たすのは、ある一人の少年と一人の少女です。
 ここでは少しだけ、その少年と少女について記してみることにしましょう。

少年
 彼はどこにでもいるただの少年でした。
 魔王がどんなに酷い理不尽を強いていたとしても、「自分に何ができるんだ」と考えるような、どこにでもいる普通の。
 祖父からもらった角笛はあれど、それを自ら吹くことを彼はしませんでした。
 もしも一つだけ、彼に他の人々と違うところがあったとすれば、それは、少女の嘆きをそのままにしておかなかったということでした。
 少女に出会った時から少年は変わったのです。
 理不尽をよしとするのではなく、何もしないことに言い訳をするのでもなく、その心に正義を宿しました。
 少年は正義を示すために自ら先頭にたって角笛を吹き、ついに人々を動かすことに成功したのでした。

少女
 彼女はどこにでもいるただの少女でした。
 少年がただの少年であったように、少女もただの少女だったのです。
 理不尽にあって、ただ嘆くだけの小さなこどもでした。
 ですが、少女もまた、少年に出会って変わりました。
 嘆くだけでは何も変わらない。少女は少年の言葉によってそれに気づき、少年が立ったとき、自分も共に立ち上がったのです。
 悲しみ、嘆くだけの時は終わったのだと、少年と共に悲しみを一つでも減らすため、彼女は立ちました。
 そして、少女は少年と手を取り合って、全ての悲しみと戦い始めたのです。

追記
 最後に記しておかなければならないのは国に住んでいた人々についてです。
 彼らは、流されるまま、仕方がないと諦めて、ただ頭上の災難がすぎていくのを待っているだけでした。二人のこどもが理不尽に歯向かい、戦い始めたのを見ても、人々はまだ怯えているだけだったのです。長く、苦しい時を生きすぎて、忘れてしまっていたのでした。
 こどもを守るのは大人の仕事であると。
 けれど、そんな大切なことを忘れていたと気づかされ、それを恥じた人々は、ついに戦いを始めることにしたのでした。

異聞

むつき・萩野・ドラケン@レンジャー連邦  少年と少女が戦いを始めたちょうどその頃、寒さに身を震わせる森の中では、動物たちが身を寄せ、話し合いをしていました。
 彼らの同胞たちが、ここ最近急激に数を減らしていたのです。
 原因は、魔王配下の兵による面白半分の虐殺。
 反攻に出るべきだという声も上がりましたが、鉄の皮と鋼の爪を持ち、火を従え、不気味な石造りの巣穴にこもる相手を前に、皆の心の灯は消えかけていました。

 そんな時。
 一匹のカケスが大騒ぎをしながら知らせをもたらしました。
「大変だ、大変だ!魔王の巣穴に、攻撃を仕掛けている奴がいるぞ!」
 その報を聞き、動物たちは顔を上げ、一斉にカケスを見つめました。
「どこの軍勢だ。東の魔女か、西の妖精か。それとも巨人でも目覚めたのか」
 烏の長が目をまんまるに見開いてカケスに問います。
「軍勢の総数、二名。ごく普通の、ぼろを着た少年と少女が巣穴に石を投げつけています!」
 会議の場は一瞬静寂に包まれ、その後、大きな笑いの鳴き声に包まれました。
「……そうか、そうか。たったの二名。しかもまだ若き子供とは」
 猪たちの長がなおもくっくっと笑いながら、天を仰ぎました。
「鉄の皮をまとうでもない。策があるわけでもない。あるのはそう、ただ心のみ」
 目を輝かせながら、山羊と牛の長が顔を見合わせます。
「王よ、どうやら皆の思いは一つのようです」
 梟の長が、彼らの王である大きな大きな白い山犬に微笑みながら礼をしました。
 会議の間中、目をつぶって何も言わずにいた動物たちの王が、かっと目を見開いて号令をかけます。
「全軍、出撃!敵は暗き石穴の主、そして我らが弱き心!」

 その頃。石を投げ続ける少年を、魔王配下の弓兵が口を歪めて狙っていました。
 その弓は百発百中。毎日のように森の動物たちを弄んで磨いた腕前です。
 矢は稲妻のような速さで撃ち出されました。
 ……しかし。
 その矢は少年に今にも当たるというところでふっと消えてしまいました。
 森と山の王の命を受けた隼が誰よりも早く飛び出し、目にも留まらぬ速度で、打ち出された矢を咥えていたのです。
 少年の吹く角笛の音色に合わせるように、山犬の遠吠えが国中に広がります。
「牙を失くし、爪は折れ、毛皮が泥にまみれようとも、我らが『正義』の心だけは消えず。言葉は通じずともよい、心だ、心をもって正義を示せ。勇敢なる若者たちの正義に応えよ!」

 かくして、人が気付かない夜闇の中で、雲間の空で、深い森の中で、人でない者たちの戦いもまた、始まったのです。

神話の研究

史実的考察

 ニューワールドに移民するよりも遥か昔、人類がネットの彼方で暮らしていた頃の話がモチーフであると言われています。
 当時は現在ほどではないにしろ、藩国も無数にあり、幾つもの共存体が乱立していました。
 また、当時の歴史を鑑みるに藩王が愚物だった国も少なくはなく、あるいは情勢から圧政を敷かざるをえない国も多くありました。
 その国々の中では長きに渡る悪政により、権力への服従あるいは情勢への従順化が進行していたため、国民は諾々と従うほかありませんでした。
 これは現代史でも言えることで、改革改正は非常に労力を伴い、また成功するかどうかも不明だったので、失敗した時の状況の悪化を恐れるあまり、二の足を踏み続けるということはままありました。
 いざ行動を起こすには何かしらの爆発的原動力が必要で、神話における少年と少女はまさにその役割を果たしています。
 
 少年のモデルですがこれには諸説があって、帝國初代皇帝である冬のツルギではないかと言われています。
 ですが、帝國がそもそも共和国より分裂した国家だという点と、共和国の歴史が四千年ほど続いている一方で初代皇帝の登場は千年前と、両者を比較しても神話と呼ぶには聊か新しすぎるため、その説は否定されています。
 また、帝國においてはヒロイックが尊重されますが、あくまでもその結果が政治的に関連することはありません。
 どうしても歴史に残される場合は、偉業を行った者の名前を明確に語り続けることが多く、あえて神話の形式を取ることはありません。
 従って、この神話に記された少年と言うのは、実在の人物だとした場合、名も無き少年だったということになります。
 同様に少女に関しても特定のモデルがいるとは思えず、どちらかといば民衆の勇気の象徴、隠喩的な存在ではないかと推測されます。

 しかし、推察がどうあれ帝國臣民にとっては、このヒロイックな物語への愛着は尽きることはないでしょう。

無名世界観的考察

 その時、少年の瞳は青く輝いていました。
 それだけは疑いようの無い事実なのでしょう。

 正義を体現すべく勇気有る行いをする者の瞳にリューンが集う現象はこれまでにも多く確認されています。
 これは少年がオーマであるということではなく、世界の意識子たるリューンが少年に対して力を貸している、と読み解くべきでしょう。
 元来、一人の英雄が何もかもを救う物語というのは、無名世界観では決して多くはありません。
 一人の代表的英雄が立ち上がる場合、それはあくまでも御旗としての役割でしかなく、むしろ名も無い人々が一身となり、その勢いを持って歴史を変える物語が主流だといわれています。
 だからこそ、この時に少年のみならず共に立ち上がった民衆の瞳も同様に青く輝いていたのでしょう。
 「示される正義」とは結果によるものではありますが、それが起こり得る予兆あるいは証拠は、人々の瞳を見れば判ることです。

 また、物語における角笛ですが、少年は何故これを持っていたのでしょうか?
 吹くだけで正義が示されるものがあるならば、それを使わない手はありません。
 少年自身その効果を疑っていたことから、実際に魔術的な効果があったとは考えづらく、角笛の役割と言うのは、まさしく「号令」そのものにあったのではないかと思われます。
 この時代における主な戦場での伝達手段は角笛が用いられていました。
 開戦や命令などを大多数に伝えるには音こそが最も効率が良かったからです。
 つまり、ここでいう角笛だが、これは「号令」を響かせる勇気を表しているのでしょう。
 少年は確かに魔法の角笛を所持していました。しかし、その魔法は少年が元より所持していたに過ぎません。
 その魔法の名こそを、勇気と言います。

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