香水塔秘話 3 


 迎賓館が開館しても香水塔の完成は程遠いものでした。
 彼は絵本を元に全てを注いで香水塔を作っていきました。
 専門外のオルゴールも自らの手で作り上げ、香水の事も調べ上げ、作っていきます。
 彼女もそんな香水塔と共に、徐々に心を取り戻していきました。
 1年が過ぎた頃には、たどたどしく話す様になり。
 2年が過ぎた頃には、彼には微笑む事が出来る様になり。
 3年が過ぎた頃には、彼以外の人とも話せる様になりました。
 そして、5年が過ぎた頃に彼女は施設から、養女として裕福な夫婦に引き取られていきました。

 彼は、香水塔もそろそろ完成の時が来たのかもしれないと考えました。
 しかし、ある晩の事、彼女が香水塔の傍でうずくまっているのを見つけます。
 彼女は全てを失った時の事を思い出し、それから逃げるように彷徨い、ここに辿り着いたのでした。
 深く刻まれた暗闇は未だ晴れてはいなかったのです。
 ですが、香水塔の傍で泣きつかれ、安心して眠る彼女の顔は微笑んでいました。
 彼は、さらに香水塔をもっと作り込む事にしました。

 機械仕掛けの人形を作り、オルゴールと連動させたり、自動的にライトアップされる様にしたり。
 引き取られてからも毎晩の様に訪れていた彼女も、香水塔が出来上がるにつれて訪れる回数が減って行きました。
 6年が経ち、夜に訪れることが無くなりました。
 8年が経ち、毎日香水塔を眺める事で、安らかに眠りにつける様になりました。
 10年が経った頃には、時折、彼を訪ねて来るだけとなりました。
 そして、最初に彼女と出会って11年の月日が経った時、彼女は結婚する事になりました。
 彼は自分の仕事が終ることを悟りました。
 彼女から結婚する事を聞かされた日、一晩を掛けて香水塔を完成させました。
 そして、彼女宛てに短い手紙を書いて、荷物をまとめ迎賓館を後にしました。
 手紙には、「いつまでも微笑みの絶えない君の幸せを願って」と書かれていました。
 彼女は必死になって彼の行方を捜しましたが、とうとう見つける事は出来ませんでした。

 その後、この香水塔は公開され、多くの人に絶賛されました。
 しかし、この香水塔はある名も無き芸術家が、亡くなった幼馴染と自らを取り戻させてくれた少女の為に作られたものなのでした。



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 「ちょっと長くなりましたが、これがこの香水塔にまつわる逸話です」
 鐘音は語り終え、二人の様子を伺った。
 「そっかぁ、この香水塔が素敵なのはそういう事だったんですね」
 ソーニャが冷めてしまった紅茶を一口飲んで答えた。
 「そうだね。芸術家が不遇だったかどうかなんて、評価された、されていないとは関係ないんだね」

 エミリオは何か感じるところがあったのか、独り言を言う様に呟いた。

 その時、オルゴールの音が響き、香水塔の中から王子と姫が踊りながら現れた。
 そして、結婚式の様子を描いた彫刻が塔の表面に現れ、香水の色が青色から桃色へと変化する。
 それとともに光が照らされ、香水塔が七色に輝いた。

 「わぁ…」
 言葉を詰まらせ、ソーニャは香水塔に魅入っていた。
 エミリオもまた、言葉も無く香水塔を見つめている。
 その様子を見て、鐘音はそっと席を外した。
 これからは恋人達の時間なのだから…。

 <了>


SS: 川流鐘音@世界忍者国
画像: アポロ・M・シバムラ@玄霧藩国


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