迎賓館百年の歩みとその一端 3 


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「寄り道をしてしまいましたが、皆さんにお見せしたかったものがあれです」
 改めて外に出て移動した後、鐘音が指差したのは一本の植物だった。それもかなり大きい。
 そして、その植物の傍でくるくる飛んでいる羽妖精が一人。
「……Q。何しているんだ?」
 呼びかけられて気が付いたのか、Qがそのまままっすぐ飛んでくる。
「あれ? Qちゃん今までどこに行っていたんですか?」
 気が付かなかったらしいソーニャがそう訊ねたので、代わって答えることにする。
 説明しなおすのも面倒だった。
「迎賓館が上から見たら、本当に『ロ』の字になるのか見に行っていたんですよ。な?」
「うん! 四角だったよ!」
 Qが元気に頷く。ちゃんと見てこられたらしい。
 その答えに微笑んでいると、何かを思い出したのかQが先ほどの植物を指差して訊ねてくる。
「ねー。あれなに?」
 それに答えたのは、あの植物を見せようとここまで案内してきた鐘音だった。
「あれは竜舌蘭という植物です。メキシコを中心に米国南西部と中南米の熱帯域に生息する植物なんですよ」
 聞きなれない名前にQと共に首を傾げる。まぁ、Qの故郷はウェールズ――イギリスだから知らなくて当然ではあるのだが。
「この竜舌蘭は共和国の方から贈られたもので、だいたい三十年周期で開花します」
「随分花が咲くのが遅いんだね」
 エミリオの感想に鐘音は頷きながら答える。
「ええ。気候や土壌にも左右されますけれどね。熱帯地方では十年から二十年、日本では三十年から五十年くらいの周期で開花するそうです」
 一同、ほうほうと感心したように頷く。
 共和国からこういうものも送られていたのか。黒麒麟藩国の藩王が宰相の弟だったり、竜舌蘭が贈られていたり、駆け落ちがあったりと意外と帝國と共和国の戦争以外での接点は多いようだ。
 もっとも、それを口に出したらどうなるかわからないから黙っているが。
「この樹、元気だね!」
 竜舌蘭を見上げるQがそう言って笑う。本当は樹ではないのだが、と思ったが黙っておく事にした。
 Qの笑顔に応えるように笑うと相槌を打つ。
「そうだな。花が咲いているところを見れないのが残念だな」
 その言葉を待ってましたとばかりに鐘音が微笑む。
「そう言うと思って、咲いている当時の写真を用意しておきました。迎賓館でしか飲めない、ここの竜舌蘭から作ったテキーラも用意したので味見してください」
「……テキーラって、飲酒できるのが何人いるんだ……? しかも仕事中だろ?」
 その問いを鐘音は笑ってスルーすると言葉を続ける。
「女性陣には竜舌蘭の花をあしらった装飾品も用意しています。この装飾品、迎賓館滞在者でしか発注できない高級品なんですよ」
「わ〜」と目を輝かせるソーニャに「よかったね」と笑いかけるエミリオ。
 その光景は微笑ましいが、果たしてQのサイズにあうようなものがあるのだろうか? それが目下の悩みだった。

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「やっぱり、百年も歴史があると色々な話がありますね」
 ソーニャが写真を見ながらそう呟く。
 その言葉に、それぞれが手にした当時の写真を見ながら頷く。
 確かにたかだが百年ではあるものの、その内容は様々なものがあったし面白かった。
「今回紹介したのは迎賓館の歴史の中でも有名なものばかりです。他にも話はありますよ」
「他にもあるの?」
「ええ。勿論他にもありますよ」
 エミリオの問いに鐘音はそう答えて別の写真――ほとんどアルバムのような状態のものだったが――を持ってくる。
「これがですね――」
 その後しばらく写真を見ながら鐘音の話を聞く状態が続く。
 一同も頷いたり質問したりしながら話を聞いていると、突如鐘音の視線が一点で止まる。
 不思議に思った全員がその視線を追う。行き着いた先にいたのはQだった。一生懸命通常の人間サイズのグラスを傾けている。
 Qが何をしているのか、その思考が繋がるまでに若干の時間を要した。
「……って、おい! テキーラ飲むなよ! しかもオレのだし!」
「ほえ?」とした表情で顔を向けるQの顔は赤かった。間違いなく酔っている。飛び方も何だか危なっかしい。
「ふらふらするー」
「そりゃ、オレたちサイズのグラスで一杯全部飲めば酔っ払うって」
 空っぽになったグラスを視界の端に収めながら言う。
 人間に換算するとどれくらいの量なのだろう。
「……まぁ、迎賓館とお酒と酔っ払いは切っても切れない縁ですから……」
 ちょっと呆れたように鐘音が呟く。
「何か逸話でもあるんでしょうか?」
「ええ。迎賓館でパーティがある時に良くあることなのですが――」
 鐘音とソーニャが迎賓館であった酒席での話を始める。話を聞きたいのは山々だったが、それどころではなかった。
 酔ったQをなだめるのに四苦八苦したのは言うまでもなく、結局Qが素面に戻るころには歴史紹介は終わってしまっていたのだった。


SS: 那限逢真・三影@天領

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