迎賓館百年の歩みとその一端 1 


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「迎賓館は宰相府藩国建国当初からある建物で、百年の歴史を持つ建物です」
 今度の取材は迎賓館の歴史紹介だそうで、同行していた秘書官の鐘音が三人に説明をしながら迎賓館を案内する。
 ちなみに『三人』である理由は、単純にQが説明を理解できていないだろうという事で頭数では除外しているだけだ。 この場にいないわけではない。
「当時の装飾・建築技術の粋を集めた建築物になります」
 その言葉に、迎賓館を見上げる。美術品の良し悪しが明確にわかるほどの目利きではないが、 建物の持つ雰囲気は長い歴史を感じさせる代物だった。
 どうでも良いが、これだけ緑に溢れた芸術性の高い建物が砂漠地のど真ん中にあるのはやっぱり違和感を覚えてしまう。
「荘厳にして華麗なる……ってやつだなぁ」
 以前訪れた時、Qが迎賓館を「貴族のおうち」と言っていたことを思い出して何気なく呟いていると、 エミリオが納得したような顔で相槌を打つ。
「僕の家にも負けていませんね」
 そういえばエミリオは世界貴族だった。
 エミリオのさりげない貴族発言に懐の軽さが哀しくなった。
「建物そのものは、洋館の二階建てで左右対称。中庭を有するので上から見ると『ロ』の字に見えます」
 頭の中で迎賓館の間取りを開く。なるほど、確かに『ロ』の字だ。
 と、そこで髪の毛が引っ張られる。
「どうした?」
「『ロ』の字ってなに?」
 そういえばQは字が読めなかったな。などと思いながら掌に指で『ロ』の字を描く。
「いわゆる、真ん中に穴の空いた四角だな」
「ふぅん」
 良くわかっていない顔で返事をするQにちょっと頭を掻く。やっぱり、今度字を教えたほうがいいだろうか?
「空の上から見るのが一番早いんだがな……」
「見てきていい?」
 百聞は一見に如かず。考えたらQは飛べるのだから、口で説明するよりみてきた方が早いだろう。
「いいよ? ただ、迷子にならないようにな」
「うん!」
 Qは元気に頷くと、ぴゅーっと上昇していった。

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「あれ?」
 説明を受けながら歩いていると、唐突にソーニャが立ち止まる。
「どうしたの?」
「ここの壁、向こうの壁より新しいですね」
 ソーニャが指差した壁を見比べてみる。
 確かに壁の色が違う。塗装や細工で入念に誤魔化してあるが、隣の壁と比べて新しい。
「三十四年前にあった大規模火災の名残ですね」
「大規模火災?」
 鸚鵡返しに聞き返すと、鐘音は頷いて解説をしてくれる。鐘音は「私も詳細は知らないのですけど」とは言っているが、 相当酷いものだったようだ。
 話によると、事は三十四年前の深夜。突如として迎賓館で大規模な火災が発生。最終的には迎賓館の約半分が焼失するという事件だったらしい。
 当日、滞在中の貴賓客がいた事からテロの疑いも持たれたらしいが、原因は結局不明のままで迷宮入りしているらしい。 幸いその貴賓客に怪我はなかったらしいが。
 その反面、使用人の方たちに多数の死傷者が出たそうで、迎賓館の地理上の問題――砂漠地のど真ん中であるため付近に病院などの施設が無い、移動が車限定のため医療チームがすぐに駆けつけられない等々――から充分な治療が受けられないまま亡くなった人もいるらしい。
「それは大変でしたね」
「ええ。修復にも十二年もかかったらしいです」
 ソーニャの言葉に鐘音が頷く。
 ただ、その時の教訓は現在に生かされているらしい。
 その一つが地下シェルターの整備で、十二年間にもおよぶ修復と並行して大規模改修が行われ現在のような形になったらしい。これによって維持費や手間は増えたものの、地上部が全滅しても地下シェルターでの長期避難生活や充分な治療を行う事ができるようになったそうだ。
「過去の教訓は生かされているわけ……か」
 現在の迎賓館の設備の充実振りは、このような過去の犠牲もあってのもののようだ。
 それを聞いて、色違いの壁に向かって心の中で当時の犠牲者に黙祷を捧げた。

 2へ続く >>> 


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SS: 那限逢真・三影@天領