大バザール


ばざーる

 バザール。露店市場を意味する言葉ですが、宰相府藩国では少しだけ、扱いが違うようでした。
 日光と砂をさえぎるためのドーム状アーケードと、近くに川かバスの路線。これが、宰相府藩国居住区における、バザールの成立条件のようです。
 そこで売られているのは、それこそ何でも。
 食料や衣料などの生活に必要なものから、絨毯、香水、装飾品、はてはペットまで。
 雑多な店の数々が、多種多様な品物を並べています。
 それはもはや、雑然としていると評した方が早いくらいで、バザールに不慣れな私にとって、バザールに入って何かを探すという事は、丸一日をそこで費やすに等しい、と言って良さそうでした。

 バザール自体は居住区の至るところにあり、規模も大小さまざまあります。
 ですが、今日私が来たこの場所は、ただのバザールではありませんでした。

『この先、大バザール〜バザールオブバザール〜』

 そんな頭の悪そうな看板の下をくぐって来た先に、そのバザールは待ち構えていました。
 面積がkm2単位の、居住区最大規模のバザール、大バザールです。
 他4区と違い、この区画は本当に、バザールしかありません。私の目の前にあるこの黒い屋根をした建物が、居住区の中心に据えられた大バザール区の全てでした。
 資料には、『他の区画で使われている中では最大の大きさを誇るバザール用アーケードを、4つ継ぎ足して出来ている』とありましたから、その大きさも判ろうというものです。
 私はあまりの規模に息を飲みましたが、同時にワクワクした気持ちが抑えられず、アーケード内へ歩みだしました。

 入場には特に費用も掛からず、私は無事、大バザールの中に入る事ができました。
「いらっしゃい。お客さんのお求めは?」
 早速、近くにあった露店を覗いてみます。私の欲しい物はあるでしょうか?
「ああ、悪いね。さすがにそういうのは置いてない。まあでも、うちだって品揃えは悪くない。とりあえず見てってくれ」
 残念です。でも、店主の方の言うとおり、その店の品揃えはとても豊富でした。中には希少そうな物もあります。
 店主の人当たりもよいですね。
「お客さん、旅の人? ……いや、そういう顔をしてるから」
 私は、バザールについて色々質問してみる事にしました。 

「ああ、盗っ人なんかが出たら、大声を出すかブザーを鳴らすさ。それだけでアーケードの入り口で警戒線が張られる」
 一番に気になったのは、防犯についてでした。これだけ店が多いと、泥棒が出ることも多いのではないか、と思ったのです。
「そうすりゃ、盗っ人は袋のネズミだ。後はこわーいお巡りさんが捕まえてくれる。
各出入り口に派出所があるから、本気で捕まえに来たらまず逃げられないな」
 そういえば確かに、バザール出入り口の横には、小さな建物がありました。あれが警察の派出所だったのですね。
 
「とはいえ、それも確実じゃないから、店ごとに警備員を雇うのが普通だがね。ほれ、そこの腕っ節の強そうな奴とかはそうさ」
 横を見ると、『いかにも』な格好をした屈強な男性が立っています。店主の言う通り、店のほうも自衛の姿勢を持っている、という事の表れなのでしょう。
 警察がいるにもかかわらずしっかりと警戒するその姿勢は、商売人の鑑と言っていいかもしれません。

「お巡りさんは基本的に、民事不介入の姿勢なのさ。ぼったくりとか多いからな。トラブルが起きた時だけ、揉め事を収拾させにくる。
その場合、喧嘩両成敗的になることも多いからね。だからみんな、なるべくならトラブルは起こさないようにしてるのさ。
……ところでお客さん、うちの品物は、どうだい?」
 にこりと笑う店主。う、いい笑顔すぎます。
『お話のお礼に一つくらい買っていってくれるね? 当然だよね?』
そんな無言の圧力に、私は内心たじろぎました。彼はまさに商売人の鑑です……とほほ。
ばざーる
「毎度ありー!」
 私が買ったのは、紫外線対策のスキンケアクリームでした。この国に来てから消耗が激しかったので、丁度良かったといえばよかったのですが。
「ついでに、お客さんの欲しそうな品物がある場所も教えといてやるよ。今メモ書くからちょっと待ってな。
 俺の知り合いばっかりだから、ぼったくりなんかの危険もないぜ」
 この大バザールにいる商人が全て今の店主のようだと、私の財布の中身がいつまで持つか、あまり保証が無いのが怖い所です。
 私は店主に礼を言うと、その店を後にしました。

 とりあえず、店主に貰ったメモを見てみることにします。
 大バザールのあちらこちらを回らないといけないようですが、あの店主の推薦なら信用できる気がしました。
 私はここから一番近い店に、足を向けました。

 それにしても、このメモに大きく書かれた 『et』 の文字は、一体何を意味しているのでしょう。店主のサインでしょうか?