ブティック街

ブティック内部
 さてハイマイル区画には古今東西を問わず、最高の品質を備えたものが集まっています。
 ここ、ゲートライン区には一つ一つの通りにそれぞれブランド店舗が揃っており、食品から始まって宝飾品、刀剣類、銃器類、服飾品に車、家、果ては自家用機など揃わないものはないとまで言われています。
 ハイマイル区画に出店するにはもちろん売り上げを含めて厳格な審査を通らなければなりません。
 ただ審査を通れば商売を行えるわけでもありません。1ターンごとに行われる定例査察を無事合格する必要があり、その審査を通らなかった場合は即閉店しなければならないという厳しい条件があるのです。
 特にブティックの多いこちらの通りは「マイルさえあれば誰でも紳士と淑女になれる」とまで言われています。
 その噂通り、この通りには紳士服・婦人服からカジュアル、子供服、果ては民族衣装までありとあらゆる服の専門店が揃っています。
 すぐ近くに迎賓館があることから、外交使節が宰相府を訪れる際には必ずハイマイル区画に立ち寄って服の仕立て直しや新しい注文を行うことが慣例となっているとか。
何と言っても来店から仕立てるまでにわずか数十分から数時間しかかからないというのが最大の特徴でしょう。
 その秘密は、熟練した職人技とi言語を使用した作業にあります。

 ちょうどこれから紳士服を注文に行くというカップルがいらしたので、実際に注文からどのような作業を行うのか見学させていただきました。

1・まず、来店してから必要な採寸を行い布を裁断します。
「いやあ参った参った。今日パーティだってことをすっかり忘れてて困っていたとこなのさ」
「せっかくのパーティなのに、服を用意し忘れるなんてサイテーね」
 そんな口喧嘩をしながら店内に入る二人。
「いらっしゃいませ。毎度ありがとうございます」
「やあ店長。実はあと一時間後にパーティがあるんだけどさ、服を仕立ててもらえないかな」
「かしこまりました。では採寸を」
 手早く男性は上着を脱ぐと店長に預け、ぴし、とした姿勢をとります。
 奥から出てきた店員さんたちは手早く男性の採寸を始めました。両手両足に背中の各部、腹回りに首周りに肩とさまざまな部分を採寸していきます。
「先日お出でになられた時とほとんどお変わりないですな」
「そうかい。なら一着お願いするよ」
「かしこまりました」
 恭しく頭を下げる店長。その頃裏の工房では採寸を元に仮縫い用のジャケットとパンツの布を裁断師が切り出しています。
 渡された布をパンツ職人とジャケット職人が手早く形に仕上げていきます。そうこうしているうちに時間は残り45分

2・サイズを元に仮縫いを行います。
 店長が奥からパンツとジャケットを持って戻ってきました。
「仮縫い願います」
「オーケイ。よろしく頼むよ」
 てきぱきと仮縫いに付き合う男性。どうやら裾・襟・袖と問題ないサイズのようです。
 微調整の詰めを行うと、仮縫いの生地を持って店長は再び奥に戻っていきました。
「随分慣れてるのね」
「そりゃ行きつけの店だからね。この間作ったジャケットにはキャシーが緑色のネクタイが似合うんじゃないかって」
「待って。何でキャシーの名前がここで出るわけ?あの女といつ会ったの?」
「まあ落ち着くんだ。今確かにキャシーの名前を確かに出したけど、それは彼女と会ったってわけじゃあないんだぜ」
 なにやら不穏な空気の中、残る時間はあと30分。

3・採寸と仮縫いを元にして定義を行い、工房で作成します。
 工房の中では裁断された布が置かれた机を前に、何十人もの職人達と先ほどの店長が向かい合っています。
「さて諸君。今日も仕事お疲れ様」
『お疲れ様です』
「就業時間はあと30分だ。そして今お客様から特急の注文が入った」
 店長はくい、と眼鏡を指で押し上げます。
「諸君。我々の、いやハイマイルの名を冠するこの地で商売する人間の矜持は何だ」
『マイルを払ったお客様は神様です。マイルを払った額に職人は意地を持って答えろ』
 一糸乱れぬ返答ににやりと笑いを返す店長さん。
「f:時間は短い=お客様には時間がない」
『通った!』
「f:お客様には時間がない=我々が物凄い頑張る事で仕事は通常よりも速く終わる」
『通った!!』
「f:お客様は常連であるAND仮縫いと採寸は済んだ=後はスーツを作るだけである」
『通った!!!』
「r:全員死ぬ気で頑張って30分でスーツを作る」
『通った!!!!』
「作業開始!」
 普通ならばどう考えても30分でスーツを作り上げるなど不可能の領域です。だが、ここはハイマイル区画で揃いも揃った職人達はまともではなかったのでした。
 10000分の1秒単位で運針する指先。手早くかけられるアイロン。アームホール、袖にボタン付け。
 バラバラだった布が見る見るうちに一つになっていき、ジャケットとパンツのシルエットに仕上がっていきます。
 全ての速度がまさに卓越した技術の裏づけによって不可能を可能としているのです。

 その頃店内ではお茶を飲みながらカップルの喧嘩が続いていました。
「まあ待ってくれ。いいかい、ここはハイマイル区画だ。ハイマイルの店はパーティ一時間前の注文だってざらなんだぜ?急用のときに利用するなんて良くある事さ。あと俺はキャシーとこの店に来たことはない」
「嘘、そんなわけ無いわ。あたしのお気に入りのドレスだって注文してから届くまで一カ月はかかるのよ。そういえば先月はキャシーの誕生日だったわよね」
「本当のことさ。俺は君に嘘をつかない」
「このわんわん帝國旗に向かって誓える?」
「ああ誓えるとも」
 自信満々に男が頷いたその時、工房に続く扉が三度音を立てて開きました。
「お待たせしました、ご注文のスーツになります」
 仕立てている間に届いたシャツと蝶ネクタイ、カフリンクスに靴を受け取ると、男性は素早くスーツに着替えました。
 何と言うことでしょう。たった一時間前に注文があったというのにスーツはぴったりと男性の体にフィットするではありませんか。
「うん、いつもながら流石だね」
「恐れ入ります。本日の代金ですが特急料金が加算されましてこちらのお値段となります」
 店長が差し出した領収書に笑顔でサインする男性。ちなみに装飾品を含めて代金は1200マイル程でした。
「ありがとう、また来るよ」
「ご来店ありがとうございました」

「どうだい、俺が嘘をついてないって分っただろう」
「ええ、わかったわ。疑ってごめんなさい」
「わかってもらえればいいのさ。さあ、ぐずぐずしてるとパーティが終わっちまう」
 文字通り紳士と淑女となった二人は仲睦まじく宵の街へと向かうのでした。
 今回の服だけではなく、靴や鞄、宝飾品などの専門店もすぐ近くに軒を並べており、確かにこの品揃えならば紳士淑女ができるという評判も間違いないでしょう。
 貴方もマイルがあるならば、ぜひ紳士と淑女になってみませんか?


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