見学のお供にパンフレットを…… 2 


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 使用人の女性と別れて元の場所に戻ると再びパンフレットを開く。惰眠を貪るには残り時間が少々足りなくなっていた。
 しばらく読んでいると、迎賓館の使用料についての項目が目に入る。その項目を一読して、はぁ〜。と大きく溜息をつく。
 「それにしても……。迎賓館の使用料、三十マイルもするのか……」
 「さんじゅーまいる?」
 マイルと言うものを良く分かっていないのであろう。Qが首を傾げる。
 さて。どう説明したものかとちょっと思案する。正直な話、マイルと言うものを完全に理解しているとは言い難いので、 上手い説明が思い浮かばない。
 それでなくても、Qにこういうものを説明するのは難しい。
 「そうだな。Qと二回は遊びに行けるな。どこかに」
 「そうなんだ」
 こんな説明でも、遊びに行けるという部分はわかったらしい。
 ちょっと興味がありそうな顔で周りを飛んでいる。
 「まぁ、三十マイルあったら素直にQと遊びに行くよ」
 「うん!」
 その答えに気分を良くしたのか、Qはにっこりと笑った。
 一応、この取材でも多少のマイルが手に入るので、今後Qと遊びに行けるチャンスは増えるだろう。
 そんな会話をしながら談笑していると、不意に影が落ちる。
 「何やってるのよ。あんた達は」
 逆光で顔が見えないが、声から判断すると逆光の主は今日子のようだった。
 先ほどのケーキ騒動の件で、まだ何かあるのだろうかと内心ヒヤヒヤする。
 「ん? 迎賓館を使用する大金があったら、どこに行こうかって話をしていた」
 「あんたたちね……」
 呆れているのか怒っているのか良くわからない声色で今日子が呟く。
 ……おそらく呆れているのだろうが、そこはあえて流しておく。
 「大金って言うけどね、ハイマイルのホテルは一泊百マイルよ?」
 「高っ!?」
 ……ああ、やっぱり呆れられていたのか。と、内心で溜息をつく。
 とは言っても、ここは貧乏人の悲しいところだ。この感覚は国を動かしていた頃から変わらない。
 「ひゃくまいる?」
 やっぱりわからないという顔でQが首を傾げる。
 Qに「家一軒建つ」と言ってもわからないと思うので、先ほどと同じ答え方をする。
 「Qと五回は遊びに行ける。確実に」
 「すごいねー」
 少しは解ったらしく、感心したようにQが頷く。……正直、どこまでわかっているのかわからないが。
 「ううう……迎賓館の使用料が安く感じる……」
 「貧乏人ねー」
 そこは否定しない。生きていく上で必要な資金は手に入れているが、豪勢に生活できるわけではない。 むしろ、かなり質素だ。物欲がそれほど多くないのが救いだ。
 「でも、パンフには『ホテルの使用も出来ます』ってあるけど、何でなんだ? 迎賓館の方が安くて豪華じゃない?」
 「ホテルの方が良いって人もいるのよ。周り砂漠だし」



 見るものが無いという事なのだろう。セキュリティ上では有効な砂漠の真ん中と言うのも、 来客からしてみればつまらないという部分があるのだろう。
 「ま、ホテルの方ならそれぞれが趣味に合わせて決められるから」
 「なるほどね。この迎賓館が趣味に合わない人も、当然いるだろうしな」
 人間の感性は様々だから、迎賓館の良さが解らない人は当然いるだろう。
 貧乏人そのままな意見ではあるが、迎賓館の雰囲気は好きだが高級品に囲まれ続けるというのは落ち着かない。
 まぁ、住んでいれば慣れるのだろうが……。

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 「それにしても、どういう人物が来るんだよ……」
 ちょっとげんなりしながら質問する。
 そもそもの問題として、そんな大量のマイルを平気で使える人物がいるのだろうか。
 「共和国の藩王も来るわね。あとは帝國の皇帝とか、黒麒麟藩国の藩王とか」
 確か、黒麒麟藩国はにゃんにゃん共和国の天領にある藩国だ。ビッグセブンと呼ばれる七つの大国の一つで、藩王が帝國宰相の弟だとか。
 「帝國の皇帝って、わんわん帝國の皇帝?」
 「それ以外に何があるのよ」
 「皇帝が何をしにここまで来るんだ? 交渉事か何か?」
 「遊びに」
 ちょっと、一瞬眩暈がした。
 確かに まぁ、宰相府藩国の性質を考えれば、来てもおかしくはない。ないのだが……。 わんわん帝國の皇帝がそんなに気軽に遊びに来ても良いのだろうかと思わないでもない。というか、どういう人物なのだろう。
 ただ、まぁ、確かにその面子なら大量のマイルを使っても平気だろう。何せ、経済の規模が違う。
 考えると泥沼になりそうなので、話題を変える事にする。
 「それにしても、共和国の人間も使えるのか……」
 「共和国の人間の場合は外交使節扱いね。今あんたが持ってるパンフにも載ってるでしょ?」
 今日子に言われて慌ててパンフレットに目を走らせる。
 「あ、ホントだ。『にゃんにゃん共和国の方でも外交使節としてご利用いただけます』って書いてある」
 よく見なさいとばかりに今日子がフフンと鼻を鳴らせる。
 「でも、まぁ……貧乏人な一般庶民には縁のなさそうな所だなぁ……。ここ」
 正直な感想である。
 実際、安全性は非常に高いのは認めるが、使用料が三十マイルもかかるとなると、おいそれと使用できない。
 「見学だけならパパの許可が出ればタダできるわよ」
 「……そういえばそうだったな」
 そういえば、つい先日、今日の取材に先んじて個人で取材に来たのだが――無論、事前にちゃんと申請した上で 色々なチェックも受けてから見学させてもらった――その時は使用料の話は出なかった。
 もっとも、一般公開していないはずの迎賓館に関する見学を、シロ宰相が簡単に許可を出したという事は少し不思議ではあるのだが。
 そんなことを考えていると、昼休みが終了したのかスタッフたちが動き始める。
 「午後の取材開始かな? Q行くぞ」
 「がってん!」
 「やれやれ、めんどくさいわねー」
 それぞれがそれぞれの言葉を呟きつつ、午後の取材は開始されるのだった。


SS: 那限逢真・三影@天領
画像: 乃亜T型@ナニワアームズ商藩国


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