その名は『GSS(迎賓館セキュリティシステム)』……? 後編 


「那限さん。これどうぞ」
「……はい?」
 ソーニャが持っていたマイクを手渡す。
「I=Dの方は那限さんの方が詳しそうなので任せました」
 任されてもなぁ……と思わないでもないが、まぁ、そこは仕方が無い……のだろうか?
 カンペみたいなものはないので、とりあえず思いついたものから質問する。
「警護用I=Dが新型機に変わると聞きましたが本当でしょうか?」
「そうね。今後、宰相府藩国ではゴールデンから随時あの新型に変更されてくわ」
 まぁ、厳密には既に変更されているのだが、そこは黙っておく。
 これからバージョンアップするとした方が、迎賓館が安全性を高めようとしているというイメージも広まっていいだろう。
「……新型機ってどういうものか詳細を教えてもらえたりします?」
「教えない」
 だよなぁ……と内心で溜息をつく。本当に虎の子なのだろう。
 気を取り直して、別の質問をする事にする。
「あのI=Dは誰が操縦しているんです?」
「あれは衛兵の誰か。わざわざパイロットを別に用意するのも面倒でしょ。専属だと怪我すると役に立たないし」
 流石に宰相府騎士団の五人でI=Dを動かすのと要人護衛するのは大変かなとも思ったが、そこはちゃんと対処していたらしい。

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「次はシェルターね」
 外での説明が一通り終了し、地下の説明に入る。
 迎賓館を訪れる人々は重要人物に属する事が多いため、万が一に備えてシェルターが用意されているのだ。
「遠くに行くなよ〜」
「あれな〜に?」などと言ってどこかに行こうとしてしまうQに釘を刺すと、Qの質問に答えながら今日子に続いて移動する。
「シェルターはメガトン級の核爆発があっても耐えられるわ」
 地下シェルターへの階段を下りつつ今日子がそう解説する。
 降り始めてから既にだいぶ経ったような気がするが、シェルターへ続く階段はまだ終わりを見せていない。既に隔壁昇降のためレールや装置がいくつも壁にあるのを見かけていた。
「……言われても想像できないですね」
 ソーニャの言葉にわかっていないQを除く全員が頷く。まぁ、相当な規模である事は間違い無いのだが、そんなのを見ていたら間違いなく被爆して大変な事になるだろう。
 ちなみに、地下シェルターへの移動は基本的に今降りている階段しかない。
 わざわざこのような構造にしたのは、敵に侵入された際に車両などの機甲戦力を持ち込ませないのが目的らしい。加えて、いざと言う時は充填封鎖をする事でこの階段を使えなくさせる事ができるらしい。
 今日子の話では長期間の避難生活が可能で、万が一国外脱出などが出来ない際の避難場所としても機能するのだそうだ。それゆえに篭城も可能で、防御拠点としての機能も盛り込んであるのだそうだ。

「はい! シェルターの内部にやって参りました!」
「シェルターと言っても、中は迎賓館と変わらないね」
「私も全く同じなので驚きました」
 シェルター内での取材が始まる。例によってカメラに映っているのはソーニャ、エミリオ、今日子の三人だ。
 迎賓館の正門と同じ形をした大きな扉を抜けた先に見えたのは地上にあるものと寸分違わない風景だった。……まぁ、流石に砂漠までは無かったが。
 説明が面倒なので、勝手に地下迎賓館と仮称することにする。
 セキュリティ関係の最初のシーンと同じ背景の方が「え? ここが地下?」という驚きを伝えられるのではないかと言う意見で、シェルターの取材も地下迎賓館の中庭で行われる事になっていた。
「ここに避難しても上と変わらない生活が出来る様にね」
 ソーニャとエミリオの会話……というか疑問に、今日子が答える。
 それを聞いて、なるほどと思う。先ほどの『長期間の避難生活が可能』と言うのはここにも反映されていたらしい。
 何と無しに周囲を見渡し、地下迎賓館を眺める。
 空と砂漠それに空気と言う違いはあるが、地上と地下に全く同じ建物が存在しているというのは妙な感じだった。もし寝ている間に地下に運び込まれていたら、室内にいる限りは自分が地下にいるとは気が付かないだろう。
 まぁ、迎賓館本館に比べると歴史を経てきたと言う重みが少ない感じがするので、気が付く人は気が付くだろうが。シェルターと言う性質上、設備の安全性が最優先されている事を考えれば致し方ないところだが。
「まぁ、確かに長期避難を考えるとこの方がいいよな……」
 閉所のストレスというのは馬鹿に出来ない。
 ここに逃げ込む人物が重要人物ばかりだというのを考えると、閉所での避難生活のストレスを出来る限り減らしたいという考えは理解できる。
「でも、維持費とかどんだけかかるんだろう?」
 こんな大規模な施設を維持、管理していくのは並大抵の労力ではない。宰相府藩国は決して資金の豊富な藩国ではないと聞いているし、下手をすれば宰相府よりお金が掛かっているのではないだろうか。
 そもそも、自衛戦力でも消費が少ないACEで構成されているという話だが、少なくともゴールデンを動かす分だけの人材が集められている。
 きっと、シロ宰相は毎ターンの頭で迎賓館維持のための資産繰りに頭を悩ませているのだろう。

 そんなことを考えていると、いつの間にかQがリンゴを食べているのに気が付いた。どこから持ってきたのだろう。地下迎賓館の中庭にスタッフ用の休憩所はないし、こんなものを買ってきたり持ってきたりした記憶はない。
「ん? Q。どうしたんだ。それ?」
「見つけたー」
 どこで見つけたのだろう。地下迎賓館の厨房だろうか。リンゴを食べるQを見ながら、そんなことを考える。
「食べる? 美味しいよ?」
 あまり空腹ではなかったが折角の申し出なのと、サイズ的にもQには大変そうだったので、ありがたく頂戴する事にする。
リンゴを受け取ると、後ろ腰に差してあったナイフで切り分ける。
「あ、ホントだ。美味しい」
 切り分けたリンゴの欠片を齧る。程よい歯応えと甘みが口の中に広がり、齧った跡を見れば蜜が一杯入った瑞々しい果肉が覗いていた。
 Qはにこっと笑うと、自分の分を食べ始める。
「さっきから何やってるのよ? あんたたちは」
 しばらく二人でのんびりとリンゴを齧っていると、地下迎賓館でのインタビューが終わったらしく、今日子がやってくる。雰囲気からして、随分前から気付いていたらしい。
「Qが見つけたリンゴ食べてます。どこかは知りませんけど」
 相手が相手なので正直に話す事にする。まぁ、弁償する事になったら何とかしよう。
「どこから持ってきたのよ?」
「あっち。樹にいっぱいなってたよ」
 Qが指差した方向を見て、今日子が納得したような顔をする。出所に心当たりがあるようだ。
「どこから持ってきたかわかったんですか?」
「小さいけど生産設備があるの。他にも色々育ててるわ」
 なんでも、小規模ながら生産施設があるのだそうだ。この生産施設は戦時動員に使えるほどではないが、ある程度の期間ならシェルターにこもったまま生活が出来るくらいの生産量を持っているらしい。これも非常時の篭城対策なのだろう。
「あとはここに来る奴を減らす意味もあるわね」
「ああ、物資の輸送回数が減るのか。こういう設備があると」
「そういうこと」
 なるほど。そういう事か。と頷く。輸送車に頼っていると自ずとテロリストが紛れ込みやすくなるし、非常時に兵糧攻めを強いられてしまう。これも要人護衛の一環なのだろう。
「でも、これホントに美味しいですね」
「パパが半端なもの用意させるはず無いでしょ」
 今日子が自分の事の様に答える。
 その様に内心で苦笑していると、切り分けたリンゴを食べきったQが髪の毛を引っ張る。
「あとね、秘密のお部屋見つけたよ」
「よく気が付いたな。Q」
 Qがえっへん、と胸を張る。流石は幸運を呼ぶ羽妖精。こういう探しものは得意だという事なのだろうか?

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「こっちこっち」
 Qに案内されて辿り着いたのは地下に続く階段だった。つまり、地下迎賓館に更に地下がある事になる。記憶が正しければ、事前に貰った資料にはない階段だ。
「こんな所に階段が……」
「えっとねえっとね。触ったら開いたの」
 Qの説明によると、かくれんぼをしようと思ってこの辺りをふらふら飛んでいたら、他の壁とちょっと違う所を見つけたので触ってみたら開いたのだと言う。降りてみようかとも思ったのだが、怖くて降りられなかったらしい。
「そこは立ち入り禁止。CICがあるからね」
「CIC……戦闘指揮所ですか?」
 今日子がそういうという事は、本当にここから先は立ち入り禁止区画なのだろう。
 しかも、CICとくれば尚更かもしれない。
「何かあった時は、ここが情報戦略の要になったりするのよ」
「なるほど……すごい設備だな……」
「機密情報の塊だから降りたら殺すわよ」
 にこやかに殺害予告をする今日子に逆らう猛者は当然ながらいない。
 何があるのかは教えてくれたわけだし、無理に降りる必要もないだろう。
「さ。ここの取材も終わったんだから、さっさと戻るわよ」
 くるりと背を向けて歩き出す今日子の後について歩き出す。
 もしかしたら、地下迎賓館には他にもこういう秘密の施設があるのかもしれないな。と思った。


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