【航空ショー】

/*/

 私の彼はミリタリーマニアだ。
 今日はデートだって言うから期待していたのに、連れてこられたのは飛行場。彼の話だと、今日は飛行場で航空ショーが開催されているのだそうだ。
 ちょっと……ううん。結構がっかり。
 私は彼と違ってあまりこういうのに興味が無い。だから、せめて何か見るものがあれば良かったのに、あるのは飛行場と飛行機とI=D。それと砂漠だけ。
 肝心の彼は今、格納庫にあるI=D(ケントっていうらしい)の撮影に余念が無い。
 さっきはさっきで格納庫でやっていた飛行機の模型展示を熱心に見ていた。自分も作品を応募したかららしいけど、おかげでまともな話も出来ない。
 本当につまんない。そりゃ、目をキラキラさせて熱心に何かに取り組む彼の姿は好きだけど……。

「ケント十八番機チェック完了……っと」
「お疲れさん。そろそろ始まるから切り上げようぜ」
「そうだな。確か、今日のアクロバットショーはフェイク対アートポストだっけか?」
「模擬戦と言え模擬戦と。……ああ、しかも秘書官と腕っこきのパイロットだ」
「面白くなりそうだな」
「そうだな。……お、フェイクの方は来たみたいだぜ」
「流石に白いから遠目でもわかるなー」

 整備士の人が何かを話しているのが聞こえる。
 その会話を聞いた彼は、慌てて時計と空を見て私に声をかける。
「まずい! もうすぐ航空ショー始まっちゃう! こっち来て!」
「あ……うん」
 彼に言われるまま、彼の後について走る。
 折角おめかししてきたのに、私より飛行機の方が大事みたい。全然見てくれない。
 う〜ん。泣いて怒ったら少しは考え直してくれるかなぁ……。

/*/

 人ごみを掻き分けるように移動する。
 唐突に彼が立ち止まり、呼吸も整えないまま空を指差す。
「ほら! あれ!」
 見上げる私の視線の先に、白と青の飛行機が空の彼方から近づいてくるのが見えた。
「えーと……今日使われている広域無線はどれだ……今日は、無線封鎖はないはずだけど……」
 彼は何だかバッグの中から機械を取り出して熱心に操作している。
 えーと……無線機って言ったかな?
「えーと、えーと……来た!」
 彼がそういうと同時に、二つの機械から別々の音声が流れ始める。
 あの飛行機に乗っている人たちの会話かな?


『こちら、アートポストリーダー。間も無く目標地点に到達する。
 今日の相手は我々が慣れ親しんだフェイク2と皆の憧れ、秘書官のお嬢さん方だ。こちらは新型のアートポストとはいえ油断はするなよ』
『アートポスト1。了解した』
『アートポスト2。了解』
『こちらアートポスト3。了解した』
『アートポスト4。了解。心配すんなって。皆この俺様が撃墜してやっからよ』
『そんな事言って、この前砂漠に胴体着陸する事になったのはどこの誰だよ』
『ふ、古傷を抉るなよ!』
『アートポスト3、アートポスト4。それくらいにしておけ』
『アートポスト2よりアートポストリーダーへ。フェイク2を確認』
『来たか。アートポストリーダーより全機へ。幸運を祈る』

 雑音に混じって、そんな会話が聞こえる。
 今聞こえるのがどちらのものなのかはわからないけど、こっちは男の人の声が多い。
 『秘書官のお嬢さん方』って言っているという事は、もう片方の女の人たちは秘書官の人なんだろう。

『こちら、フェイクリーダーより全機へ。まもなく、戦闘エリアです。
 本日の演習はアートポストの性能テストを兼ねています。パイロットも腕利きを集めたと聞いています。手加減は一切いりません。全力で挑んでください』
『フェイク1。了解』
『フェイク2。了解しました』
『フェイク3。了解です』
『フェイク4。了解いたしました』
『それと、本日の演習は公開演習です。飛行場周辺には民間人が多数存在します。充分注意してください』
『フェイク4より全機へ。アートポスト部隊を確認いたしました』
『流石に対応が早いですね。これより交戦を許可します。幸運を祈ります』

「ねえ。今の人たち、今日のショーの事、知らなかったのかな?」
「え? それはないと思うよ。大事な事だし。何で?」
「だって、さっき確認していたじゃない」
「大事な事だからこそ確認したんじゃないかな?」
 指差し確認みたいなものかな? と思う事にする。
 軍の人がやっている事って良くわからない。

/*/

 さっきまで並んで飛んでいた飛行機が一斉にバラバラの方向へ飛ぶ。
「始まった!」
 彼は手にしたカメラでその光景を撮っている。目をキラキラさせながら。
 私もそれに釣られて空を見上げる。
 私の視界の中で白と青の飛行機が複雑な動きをしながら宙を舞う。
 時折、キラキラと太陽の光を反射させながら。
 右へ左へ。上へ下へ。
 ある時は直進しながら、ある時は大きな輪を描きながら。
 空を切り裂いて飛ぶ白い軌跡……。

「……綺麗」
 いつしか、私はその光景に魅入っていた。
 どれくらい魅入っていたのか……。気が付くと航空ショーは終わっていた。
「終わっちゃったね」
 私のその一言で彼はハッとなって私に振り向く。
「ご、ごめん。デートだって言って誘ったのに……」
「いいわよ。別に。それより、模型を展示してあった場所にもう一回行きましょ!」
「え? でも、こういうのに興味なかったんじゃ……」
「いいから! ホラ行きましょう!」
 私は彼を置いて模型展示場に歩き出した。
 なんだか、飛行機が好きになれそうな気がした。
 さっきの飛行機はあるのかな?

Fin

戻る